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    November 13

    アイガー北壁

     
    新田次郎の「アイガー北壁」を読みました。山岳小説にさいきん惹かれぎみ。
     
      1965年8月16日 高田光政が日本人初登頂
      
      登頂まであと300mと言うところでパートナーの渡部恒明が墜落・負傷したため救助を求める際に
      山頂を経由した際に達成、しかし渡部はその間に謎の墜死を遂げた。一説には骨折の痛みと孤独
      に耐えきれずに自らザイルを解いたとも言われている。これをもとに新田次郎は「アイガー北壁」と
      いう小説を書いている
     
    と、ウィキペディアで「アイガー北壁」を調べると書いてあります。それにしても、登頂の成功が、負傷して動けなくなったパートナーを救助するため(つまり山を越えないと救助を求められない)になされたというのは、凄い。でもきっとこれは、登頂の成功とか失敗とか、そういう領域をもはや超えているんだろうな・・・小説のはじめとおわりに顔をだす地元のおっさん(スイス人)がまたいい味をだしてました。
     
    November 05

    カール・シュミットのハムレット論

     
    カール・シュミットのハムレット論、『ハムレットもしくはヘカベ』 (訳: 初見基、みすず書房 1998年) を読んだ。とてもおもしろかった。
     
    彫のふかい文章、それでいて理路整然としており、ターゲットからけっして目をそらさないその論理展開には快感さえおぼえる。読み進むうちにぐんぐんとひきこまれ、スピードがあがる感じ。そして攻撃目標に到達したとおもった最後の1ページで、謎めいた予言らしきものをのこして颯爽と去る。こんなにかっこいい文学論は、ざらにない。
     
    カール・シュミットの文章<ベンヤミン 『ドイツ悲劇の根源』 に寄せて>も収録されている。あと、シュミットがなかで引いているフライリヒラートの詩で、「ドイツはハムレットだ!」というのもとてもよかった。
     
    November 02

    ラインハルト・メーリンク

     
    新しくでたカール・シュミットの伝記
     
     Reinhard Mehring: Carl Schmitt. Aufstieg und Fall (Verlag C.H. Beck, München 2009)
     
    についての記事をみつけたので、リンク。747ページという分量! そういえば、よくおもうのですが、カール・シュミットの邦訳本が文庫で読めないのは、どんな理由によるのでしょうか。筑摩から出ているパルチザンの理論くらいしかおもいあたりません。
     
    October 29

    デイルタイ

     
    きのう買った本:
     
    ヰルヘルム・デイルタイ 『體驗と文學』 (服部正己訳、第一書房 昭和10年)
     
    初版本で700円。田村書店。神田古本まつりで掘り出しました。
     
      「昭和七年の夏から譯者は保田與重郎の慫慂に従つてこの書の
       ヘルデルリーンの項を雑誌『コギト』のために譯し始めた。」
     
                                    
                                同書 「巻末に」 より
     
    October 27

    神秘の

     
     「ともあれ、それがモーツァルトの挑戦だったのだ。その挑戦は、聞き入れられなかった。なぜなら、
     歴史のその後は、響きと怒りによって、はっきり識別されてしまったからである。みじめな時代に詩
     人をやってなんになるだろう、とまもなくヘルダーリンは問いを発し、しかるのちに彼らを、聖なる夜
     をさまようディオニュソスの神官たちと比べている。ぼくらに残されているのは、沈黙と、亡命と、奸
     策だけだ、とやがてジョイスが言うだろう。そして、プラハのカフカの耳には、モーツァルトのめざま
     しい滞在の反響など、これっぽっちも伝わっていない。大量虐殺と悪趣味が舞台を占拠する。それ
     でもひとは、『コジ・ファン・トゥッテ』を、あるいは『魔笛』を演じざるをえないのだ。」
     
     
                          堀江敏幸 訳、フィリップ・ソレルス 『神秘のモーツァルト』 より
     
    October 19

    匪賊

     
    ひょんなことから、ホブズボームの 『匪賊の社会史 ― ロビン・フッドからガン・マンまで』 をぱらぱらとめくっていたら、やっぱりちゃんとシラーの 『群盗』 にも言及されていた。ドイツの強盗団などについて語るベンヤミンという視角からこの本に言及している記事をみつけたので、リンク
     
    October 15

    技術への問い

     
    ハイデッガー 『技術への問い』 (平凡社)への書評が、紀伊国屋の書評空間に出ていたので、リンク
     
    また、ドイツはライプツィッヒで教鞭をとる小林敏明が、中野重治、夏目漱石、中上健次などを論じた 『父と子の思想―日本の近代を読み解く』 (ちくま新書)への書評も出ています。
     
    September 20

    ザフランスキー新著

     
    ザフランスキーの新著 『ゲーテとシラー ある友情の物語』 です。これで、彼の評伝シリーズにいよいよゲーテが加わったことになりますね。ザフランスキー自身出演のプロモーションビデオはこちら 
     
    ビデオで紹介されているシラーの言葉は "Goethe ist wie eine Prüde, der man ein Kind machen muß, um sie zu demütigen". 一度きいたら忘れられないというか、非常に勁い言葉だと思います。
     
    あと、フランス革命に対しシラーは「美学」をもって(『人間の美的教育について』)、ゲーテは「社交・礼節」をもって応じようとしたということにも、とても興味をひかれる。これは買って読まなければと思いました。
     
    September 14

    200冊

     
     
    ドイツでは、10日後の9月24日に、ニンテンドーDSから 「古典200冊」 が発売となります。英語の「100冊」版は出ていたけど、これでやっとドイツ文学をDSで楽しめるようになります。収録作品としては、有名なのはだいたい網羅されているようです。
     
     
    Titelliste: Heine, Heinrich - Deutschland. Ein Wintermärchen Shakespeare, William - Macbeth Carroll, Lewis - Alice im Wunderland Shakespeare, William - Romeo und Julia Schiller, Friedrich - Kabale und Liebe Lessing, Gotthold Ephraim - Nathan der Weise Shakespeare, William - Hamlet Goethe, Johann Wolfgang von - Faust: Der Tragödie zweiter Teil Fontane, Theodor - Effi Briest Goethe, Johann Wolfgang von - Faust: Der Tragödie erster Teil Schiller, Friedrich - Die Räuber Konfuzius (Kong Fu Zi) - Gespräche [Lunyü] Fontane, Theodor - Irrungen, Wirrungen Verne, Jules - Reise nach dem Mittelpunkt der Erde Verne, Jules - Reise um die Erde in 80 Tagen Goethe, Johann Wolfgang von - Die Wahlverwandschaften Twain, Mark - Abenteuer und Fahrten des Huckleberry Finn Swift, Jonathan - Gullivers Reisen Bechstein, Ludwig - Deutsches Märchenbuch Kafka, Franz - Das Schloß Verne, Jules - Der Kurier des Zaren Kafka, Franz - Die Verwandlung Shakespeare, William - Ein Sommernachtstraum Shakespeare, William - Sonette Lessing, Gotthold Ephraim - Emilia Galotti Wedekind, Frank - Frühlings Erwachen Büchner, Georg - Dantons Tod Shakespeare, William - Julius Caesar Heine, Heinrich - Die Harzreise … und viele mehr!
     
     
    とのことなので、カフカ等のドイツ文学だけではなく、シェイクスピアなど世界文学もドイツ語で読めるようです。紙は重くて嫌いな人間にとっては、これはもう嬉しいかぎりです。そういえばいまDSのドラクエV "Die Hand der Himmelsbraut" をやっているのですが、パパスがLudwigになっていたり、町の名前がぜんぶドイツ風に変えられていたりして、驚きました。
     
    September 09

    村の家

     
    シノドスのブログから、高田里惠子さんがえらぶ10冊だそうです。中野重治の 『村の家』 をまだ読んでいなかったので、今日、読んでみました。ほっぺたにいくつも空いた穴を、汗がゆっくりとしかし攻め入るようにしたたりおちる描写がなんとも生々しくて、これがいちばん印象に残りました。
     
    August 18

    山の人生

     
    今村昌平の『楢山節考』がドイツ語字幕で見れる。1983年にこれがパルム・ドールをとって、次の年のパルム・ドールがヴェンダースの『パリ・テキサス』だったんだなあ。不思議な感じがする。
     
    ボン時代、深沢七郎の名前さえ知らず、「奈良山ぶし子? なにそれ、おいしいの?」という僕に、ドイツ語訳の『楢山節考』を貸してくれたのはイェンスだった。えっ、ナラヤマブシコーを知らないのか! これはとても、とてもいいから読め、という。家に帰って読み始めたら、一気にひきこまれて、婆さんが石を握って自分の歯をたたき砕くところで、えもいわれぬ戦慄に襲われた。言葉をうしなう感じだった。あとになって思うと、この体験が、柳田國男を読んでゆくきっかけになったとおもう。
     
    あの頃は学校へも行かず、ほとんど毎日のように映画館へ行っては古典作品からどこの国のか分からないB級映画までを見漁っていた。毎日のように行くので、映画館の会員にまでなってしまった。ブロートファブリークという、とてもいい映画館があったのである(今もあるとおもう)。あとケルン南の古ぼけた映画館とか。映画館から帰るとだいたい夜の12時とかで、それでテレビをつけると今度は深夜映画をやっている。映画漬けの毎日だった。
    August 11

    宣伝

     
    9月10日に、クライン孝子氏の新著 『大計なき国家・日本の末路―日本とドイツの戦後を分けたもの』 (祥伝社)が出るようです。
     
     >今年二〇〇九年は、あらゆる面で節目となります。
     >主な出来事を挙げますと
     >一つは、一九六九年、私のドイツ滞在四〇年目、
     >二つは 一九八九年、「ベルリンの壁」崩壊と昭和天皇崩御二十年目。
     >そして三つ目は一九四九年、ドイツは東西分断国家とはいえ、
     >曲がりなりにも西ドイツ国家としてスタートして六〇年目に当たります。。
     >とりわけ二十年前の一九八九年は、
     >同じ第二次世界大戦での敗戦国日独両国とはいえ、分岐点となりました。
     >その後の両国の国際社会における評価を比較しますと、
     >ドイツは「ベルリンの壁」崩壊後、一年経たずして電光石火のごとく
     >統一を達成し、かつて痛みつけられた戦勝国を凌駕する勢いにあるのに、
     >一方日本は、今や一時米国に次ぐ経済大国としてその地位を築いたことも
     >あったにもかかわらず、まるで急な坂を転がり落ちるような
     >「末路」状況にあります。

     >一体これはどういうことなのか。
     
    という問題意識から書かれた本の目次は、以下のとおり。「ドイツ滞在四〇年」というのはすごい。
     
     1章  戦後ドイツの「国家百年の計」
        ― ドイツにおける「国家百年の計」とは何か。
     2章 ドイツ人の捕虜1100万人の運命
        ― 悲惨な戦争体験から見る戦争の本質
     3章 ドイツはなぜ、反論を封印したのか
        ― 一般市民1200万の過酷体験からドイツが学んだこと
     4章 「ニュルンベルグ裁判」と「東京裁判」
        ― 裁判の受け止め方に見る日独の大きな差異
     5章 情報戦略と諜報機関(1)
        ― 生き馬の目を抜く情報戦の実態と「ゲーレン機関」
     6章 情報戦略と諜報機関 (2)
        ― 世界の中の「情報欠乏国家」と日本の惨憺
     7章 再軍備と旧軍人の処遇
        ― 旧軍人を復興に活用した国、社会から葬った国
     8章 国家の自立、政治家の責任
        ― なぜ日本は目先しか見えず、国益を失うのか
     9章  国運を左右するメデイアの責任
        ― なぜドイツは、報道の質に対する要求レベルが高いのか
     10章  教育は国家百年の大計  
        ― 戦勝国の支持を聞き流した国、真に受けた国
     11章 独自の憲法を持つ国・持たぬ国
        ― なぜ日本は、国家の芯を抜かれてしまったのか
     
    July 23

    コンラート・ローレンツ小説

    マルセル・バイアーの『カルテンブルク』がペーパーバックになりました。以前書いた記事のリンク。「よい作家は、自分が考えている以上のことは言わない。」 ヴァルター・ベンヤミン
     
    July 07

    すべてがTになる

     
     >萩尾望都の不朽の名作をノベライズした「トーマの心臓 Lost Heart for Thoma」が、メディア
     >ファクトリーから7月31日に発売される。執筆を手がけるのは 「スカイ・クロラ」シリーズで知ら
     >れる森博嗣だ。
     >「トーマの心臓」はドイツのギムナジウムで暮らす少年たちを描いた萩尾の代表作。 森はダ・
     >ヴィンチ1月号(メディアファクトリー)に掲載されたインタビューにて、ノベライズを手がけるこ
     >とになった経緯、作品の構想などを語っていた。
     >小説版の発売に伴い、カバーと扉絵には萩尾による描き下ろしイラストが採用される。
     
    とのことです。原作より映画がよかったスカイ・クロラのように、今回はノヴェライズのほうがよかったりするのでしょうか(笑)。ところで 『けいおん!』 だってある意味ではギムナジウムもの(の変奏)ということができるのであり、その証拠に 『けいおん!』 では男を完全に排除した世界で物語がすすんでゆきます。寄宿舎じゃないじゃないか、と言われるかもしれませんが、僕たちは、彼女たちにどんな両親がいてどんな家族構成なのかがまったく知らされないわけです。だから世界は寄宿舎的に閉じられているのです。
    July 03

    『石原莞爾のヨーロッパ体験』

     伊藤嘉啓著 『石原莞爾のヨーロッパ体験』 (芙蓉書房 2009年6月)
     
    <若き日にドイツ留学した石原莞爾 彼はそこで何を考え、何を学んだのか ドイツに向かう船上から、そしてポツダム、ベルリンから、毎日のように妻にあてて書いた膨大な手紙から浮かび上がるもう一つの石原莞爾像>
     
    目次・内容
     
    異色の日本人(序に代えて)
     
    第一章 石原莞爾の人間像
    東京裁判酒田臨時法廷に立つ石原/破天荒な軍人/単なる軍人にとどまらない「文」の人/石原はなぜ日蓮に惹かれたのか
     
    第二章 ドイツへの船旅 その一
    ◆ドイツ留学と妻への手紙
    神戸から香港へ/「新時代の新人」を自認する石原/随所に見られる西洋人批判/シンガポールからセイロン島へ
     
    第三章 ドイツへの船旅 その二
    ◆妻への労りの手紙
    エジプトに到着/ポートサイドからマルセーユまで/パリでオペラを観る/和服姿で周囲を驚かす/ベルリン到着/ホテル暮らし/ドイツ語の勉強に励む
     
    第四章 ドイツでの生活 その一
    ◆『虹色のトロツキー』に描かれた石原像
    ポツダムに下宿する/近所の子供たちと遊ぶ石原/西洋と日本の「愛」を論ず/紋付袴姿で人を驚かす/敗戦国の悲惨さを見る/精力的に軍事学研究を進める/民族・人種問題に言及/ 信仰へ邁進する決意
     
    第五章 ドイツでの生活 その二
    ◆宮崎正義と石原
    ナポレオンの戦跡を歩く/ドイツの農村への小旅行/ポツダムからシュラハテンゼーに転居/専制から自由へ、自由から統制へ/ドイツに溶け込んだエピソード/石原の死生観/敗戦国ドイツに地獄を見る/里見岸雄の本の独訳作業に奔走/石原の反米意識
     
    第六章 ベルリン その一
    ◆石原の故郷に残る蔵書
    ベルリンで知った関東大震災/「最終戦争」の発想の萌芽/ 「甘粕は信念の人、大杉は偉大な人物」/オットー中佐の戦史講義を受ける/映画・サーカス・演劇
     
    第七章 ベルリン その二
    ◆中国ナショナリズムに理解を示した石原
    激しいインフレ下のドイツ/ミュンヘン・プッチ/ナチスの動きに対する斎藤茂吉と石原の反応の違い/新しい下宿に移る/減っていった手紙のやりとり/虎ノ門事件/社会民主党の機関紙に里見の本の記事が出る/「法ノ為、国ノ為」——手紙の内容の変化/仏涅槃の法要
     
    第八章 ベルリン その三
    ◆病気がちだった石原
    日米外交の危機/ドイツを見る目の変化/結婚記念日、妻に感謝の手紙/イタリア、オーストリア旅行/中国の情勢の不安/殺伐としたドイツの世相/ドイツ滞在もあと半年/シベリア鉄道経由での帰国を考える/エーベルト大統領の死と大統領選挙/ドイツ語能力の高さ/帰国の途につく
     

     
    こういう本を待っていました。つい最近この本が出た、ということをきょう知って、読んでもいないくせに思わず目次まで上に挙げてしまいました。留学時代の石原莞爾についてくわしく知りたいと思っていたので、こういう本はほんとうにありがたい。さっそく注文しようと思います。
    June 12

    ベルリンのスキゾキッズ時代

     
    せめてネット(世代)くらいはマスコミへの、団塊の世代への、そして偶像崇拝(一極集中)へのカウンターであろうよ・・・。世代でも組めないというのがネット時代ではあるものの。というわけで島田雅彦の対談本 『天使が通る』 をここでとりあげるのは、ニーチェとかヴェンダースとかベンヤミンが出てくるからである。
     
    目次
     ニューヨークへの手紙(浅田彰)
     ・ダンテ  愛の超新星(スーパーノヴァ)
     ・ニーチェ  超人のオペラ・ブッファ
     ・フーコー  悦ばしき回帰
     ・ミシマ  模造を模造する
     ・ヴェンダース  廃墟の光
     ニューヨークからの手紙(島田雅彦)
     
    すごくおもしろくていい本なのに、神保町とかにいくとワゴンに放り込まれて捨て値で売られていたりするので、逆にありがたい。僕は文庫版(新潮文庫)で読んだが、ハードカバーの初版はたしか1988年である。昭和のおわり、冷戦時代のおわりを間近にひかえた空気がどうだったかを対談のなかに読むのもひとつの読み方だろう。ニーチェにからめてニヒリズムを議論しているところがスリリングである。三島由紀夫をボロクソにいうのが浅田彰であってみれば、それに対して島田雅彦はどう応じるか? そこを追うのもまた一興。
     
    余談: 福田和也はベンヤミンもハイデガーも邦訳で読んでいるが、浅田彰はベンヤミンをあきらかに原書でも読んでいる。柄谷行人はどこかで、浅田彰より下の連中は外国語ができないから批評以前の論外だときりすてていた。
    June 11

    団塊より郊外、天吾よりテツヒト

     
    戦後民主主義の作家であり団塊世代のアイドル(笑)村上春樹の新刊1Q84がドイツでも記事になってたけど(ムラカミ・フィーバー・イン・ジャパン)そういうなかで島田雅彦の郊外をユーチューブにアップしたひとはえらい!
     
    <日本型寡占マスメディア = 東京一極集中 = 世論とは団塊の世代の意見のこと> ⇔ <「郊外」の思考>
     
    June 09

    先人を裏切っている。

     

    すこし以前の記事になるが、森鷗外の蔵書ということで、このように書いておられる方がいる。どうしてこんなひどいことになるのか、いくらなんでもあきれるのを通りこして怒りをおぼえるし、かなしいし、一事が万事であることをおもうと、もうこの国には本当に希望なんてなんにもないんじゃないかとまで書けば大袈裟だろうか。しかし国の最高学府、その総合図書館の態度がこうでは、あしもとは見えているという気がする。

     

    じつはこの惨状について、僕は以前から知っていた。「犯行現場」であるこの総合図書館で一年間、学生アルバイトをしていたことがある。なによりの魅力は、ふだんは特定の人にしか手にとれない貴重書にふれることができる、ということである「はず」だった…

     

    一例をあげよう。いわゆる鷗外文庫(鷗外の蔵書だったもので、関東大震災後、遺族により寄贈された)には、シュニッツラーの原書も多数ふくまれている。そのなかには『輪舞』の初版本という大変貴重なものもあって、これなどはいまドイツにおいてすらなかなか探し出せないものだ。ところが、お金にすらかえられないこの貴重書、しかもあの鷗外がじっさいに手にとって考えをめぐらせたであろうその本を、あろうことか

     

    「特別な利用制限は設けていませんので、これまでどおり、書庫内の一般図書と同じ条件で利用することができます」(引用元

     

    というのである。これを知った時には愕然とした。なにかの間違いだろう? と。しかし事実、現場にいたからわかるのだが、例えば部外者がぽっとやってきて、『輪舞』初版本を閲覧させてくれと申請したとする。係員が手渡す。部外者がそれをうけとって、館内のどこか別の場所でかりに本に書き入れをしたり傷つけたりしても、返却のときに分からなければそのままである。ページに鉛筆で下線でも書き入れようものなら、それが鷗外によるものなのか、どこの馬の骨ともわからぬヤツのものなのか、それっきりわからなくなるのは目に見えている。

     

    だが聞いた話によると、これでも事態はまだよくなった方だというのだから驚く(ここからは直接みたわけではなく伝聞であることを断わっておく)。いま鷗外文庫は通常の本棚とはわかれた書庫におさめられているのだが(それでも「特別な利用制限は設けていません」ことに変わりはない)、以前は書庫どころか、バラバラにどこに何があるやらの有様で、通常の棚にも紛れていたということだ。ということは、貸し出しもふつうに行われていたことになる。私たちはよく図書館の本が醤油のしみやポテトチップのくいかすに汚されていることを知っている。

     

    はっきりいって、すでに手遅れではある、あるけれども、すぐに手をうって被害は最小限にくいとめるべきだろう。しかしそんな様子はまったくみられない。もうあれからだいぶ時がたった。絶対おかしいと思ったので、訊いてみたことがある。返ってきた答えは、独立行政法人化で予算がない。利用制限をもうけると、閉鎖的だといって叩かれてしまう。とりあえずどうしようもない、というものだった…

     

    ひとつの国の文化は、こういうところから冒されてゆき、汚されてゆき、そして腐ってゆくのだろう。近代の日本をつくることに血を吐いたひとりの人間、その彼がのこした文化財、精神的な遺産にたいする、これがいまの日本人の態度である。

    June 03

    坂部恵さんが

     
    今日、坂部恵さんが亡くなった。73歳。日本からまたひとり、大事なひとが消えた。
     
    そのニュースを知って以来、どうもきょうはいろいろと手につかない。
     
    はじめて触れたのはたしか大学2年のとき、 『仮面の解釈学』 だった。
    May 25

    プロップやヨレス

     
    講談社学術文庫から、プロップの 『魔法昔話の研究: 口承文芸学とは何か』 が出るようです。プロップの文庫化ははじめてとのこと。
     
    それで思い出したのですが、講談社学術文庫から出ている<ものがたり研究本>に、アンドレ・ヨレスの 『メールヒェンの起源―ドイツの伝承民話』 があります。これは1930年に出たヨレスの代表作 Einfache Formen (シンプルな諸形式) の翻訳であり、ナラトロジーの古典、あるいは民俗学の古典です。その原題のとおり、 
     
     第1章 聖人伝
     第2章 一族物語
     第3章 神話
     第4章 謎
     第5章 ことわざ
     第6章 決疑法
     第7章 追想記
     第8章 メールヒェン
     第9章 冗談ばなし
     
    という内容で、9つの素朴な文学形式たちを追ってゆくのですが、それぞれの形式の本質はなにかにアプローチするヨレスの手際は、あざやか、かつ堅実です。学問とはこういうものだという感じがする。それでいてひじょうに読みやすく、読者をけっして飽きさせない内容と語り口が魅力です。翻訳もすばらしい。名著。