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June 30 ゲッベルスの生まれたところJune 29 ニーチェとドイツ・サッカーサッカー・ユーロ2008決勝、対スペイン戦。
1:0でドイツは負けましたでござる。arbeitenしたくないでござる。
ええっと、さいきんのドイツはこんな感じ。
・2002年日韓共催ワールドカップ・・・第二位。
・2004年ユーロ大会・・・・・・・・・・・・・グループリーグ敗退。
・2006年自国開催ワールドカップ・・・第三位。
・2008年ユーロ大会・・・・・・・・・・・・・第二位。
ふうむ。
<人間は、喜ぶのに遠慮がちであるということ、それが真の原罪である。> by ニーチェ ベンヤミン『物語と治療』(1932)ヴァルター・ベンヤミンのエッセイ『物語と治療』(1932)に、「物語ることによる治療を、私たちはすでにメルゼブルクの呪文からしっている」という一節があって、なんのことかと思っていたところ、これのことですな。
Pferdeheilung
Phol und Wodan
ritten ins Holz. Da wurde dem Fohlen Balders der Fuß verrenkt. Da besprach ihn Sinthgunt der Sunna, ihre Schwester (oder: Sunnas Schwester); da besprach ihn Frija, der Volla, ihre Schwester (oder: Vollas Schwester); da besprach ihn Wodan, wie nur er es verstand: Sei es Knochenverrenkung,
sei es Blutverrenkung, sei es Gliedverrenkung: Knochen zu Knochen, Blut zu Blut, Glied zu Gliedern, so seien sie fest gefügt. また次の一節は、精神分析を示唆していると思われまする。「患者が診療のはじめに医者にむかってする物語は、治療プロセスの発端になるものだということも、知られている通りである。」 June 25 サッカーを学問するちょうどいまユーロ2008のドイツvsトルコ戦がおわったところです。ところで以前のエントリーでも触れたマティアス・マルティネス(ヴッパータール大学・ドイツ文学教授)ですが、こんな本も出してます。サッカーをガチで学問する本です。でもロラン・バルト読みの彼なのだから、サッカーを扱ってもそれほどおかしくはないですね。
Matías Martínez (Hg.): Warum Fußball? Kulturwissenschaftliche Beschreibungen eines Sports (2002)
Inhalt:
マルティネスの序文と論文はダウンロードして読めるのでリンクをはりました。彼はべつの本にこんな論文も書いていました。↓ ビューヒナー賞2008日本でいうと芥川賞に相当する(でもいまや三島賞のほうが明らかに上だけど)ドイツのビューヒナー賞ですが、2008年度はヨーゼフ・ヴィンクラーに受賞が決まりました。ヴィンクラーの簡単な経歴と出版作品はコチラ(ドイツ語)。何をかくそう僕は一冊も読んだことがなくって、恥ずかしながらどんな人かも知りませんでしたが、でもウィキペディアにも英語ヴァージョンが作成されてないくらいだから、「ダークホースを知らなかっただけさ」と言い訳したいと思います(って言ってる場合じゃないだろ汗)。イェリネクはこの受賞に関して「すばらしい判断だわ! 彼のほかに誰かいるなら知りたいくらいです」と言ったそうです。ほー。なんかドイツよりオーストリアのほうが元気あるのかな、文学は。
June 23 ベートーヴェン像の前でひさびさに第三の故郷ボンを訪れたらば、じつに奇怪な光景に遭遇! 観光名所、ベートーヴェン像の前でひざまずき、熱心に祈りをささげる一群を発見。なんなんだこれは・・・というのは冗談で、ひょんなことから、ビックリ大作戦に参加してきました。30人ほどで突如ベートーヴェン像のまえにあらわれ、声をあげてこの大作曲家に「お祈り」をし、そのクレイジーかつ不気味な光景で町の人をオドロかせちゃおうというビックリ企画。
土曜のおだやかな昼下がり。向こうのカフェのテラスでのんびりしていたご婦人がたは、「な、何事ですのいったい!?」みたいな感じで目を丸くし、口をカポーンとあけていました。とりあえず作戦は成功。と、ところで僕はドイツまで来て(しかも特急で一時間かけてボンまで行って)いったい何をやってるんでしょうか。だれか僕を罵ってください。
写真をクリックすると少し大きくなるよ! June 21 代理戦争 トルコ対ドイツトルコが勝っちゃったよ! つぎはトルコ VS ドイツ! 試合内容によってはここドイツは戦場と化すかもしれません。ベルリンの治安はダイジョウブか!? 決戦は25日。 June 20 メーリケ ヴォルフ エルフェンリート前回のエントリーにつづけて。フーゴー・ヴォルフ作曲の『エルフェンリート=妖精のうた』です。詩は、『旅の日のモーツァルト』で知られるメーリケ。
Elfenlied(Eduard Mörike)
Bei Nacht im Dorf der Wächter rief:
妖精のうた(エドゥアルト・メーリケ)
夜中に村の夜回りが叫んだ 11時(Elfe)だよ! 11時にぐっすりと!・・・ グックック! グックック!
(甲斐貴也さんの訳をそのまま拝借しました↓) http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/W/Wolf/S505.htm June 19 エルフェンリート ELFENLIEDドイツでも放送された 『エルフェンリート ELFENLIED』 全14話を見終わりました (でもドイツの声優はぜんぜんダメ)。なにより素晴らしいのはオープニングのクリムトMADと、そこに流れるOP曲 『LILIUM』 です。この雰囲気からはデーメルの詩が思い浮かびますが、タイトルにある「エルフェンリート=妖精のうた」は、メーリケの同名の詩にフーゴー・ヴォルフが曲をつけたものからとってきてあるんですね。原作ではこの歌曲が大事な役割をはたすらしいのですが、アニメ版ではやむなくカットされています(僕は原作は読んでいません、いつか読みます、すみません)。各章のタイトルはこんな感じです。それにしてもなぜ日本のACGではこうもドイツ語が好まれるのでしょうか。
1. 邂逅BEGEGNUNG 2. 掃討VERNICHTUNG 3. 胸裡IM INNERSTEN 4. 触撃AUFEINANDERTREFFEN 5. 落掌EMPFANG 6. 衷情HERZENSWAERME 7. 際会ZUFAELLIGE BEGEGNUNG 8. 嚆矢BEGINN 9. 追憶SCHOENE ERINNERUNG 10. 嬰児SAEUGLING 11. 錯綜VERMISCHUNG 12. 泥濘TAUMELN 13. 不還ERLEUCHTUNG 14. 通り雨にて 或いは、少女はいかにしてその心情に至ったか? REGENSCHAUER June 17 記事ときどき書評June 16 1887年ウィーン上の書評(とてもいいです)で思い出したことなんですが、鷗外の『独逸日記』を読むと、1887年9月末から10月頭にかけて、鷗外や北里柴三郎がウィーンに滞在したとき、そこには少将・乃木希典もいて、鷗外はテゲットホフに乃木を訪ねたりしているのですね。そしてその半径1、2キロの同じ空間にシュニッツラーが、神経科医フロイトが、そして幼いシェーンベルクがいた...NHKがドキュメントとかつくってくれないかしら。
ともあれ、福田和也の乃木は司馬遼太郎 『殉死』 の二番煎じだったので、古川薫には期待。 June 14 再:ドイツ文学基金ちょっと前のエントリー(5月10日あたり)で僕は、<現代ドイツ文学の問題点>ということで、けっこう真面目な問題提起をしたのでしたが、じつはこれについて、個人的に知らない方(HNだったのでⅩさんということにします)から批判的なメッセージをいただきました。それを要約すると、つぎのようになるかと思います。 1、ドイツ文学をもっとアピールすべきところを、ネガティヴに宣伝してどうするんだ、ということ。 2、ヴッパータール人は基金とか制度(大学)とかを批判しているが、自分だってのちのちは「報酬関係」にどっぷりつかることになるただの予備軍じゃないのか、ということ。 1からすると、どうやらⅩさんは独文関係のひとなのかな、と思われますが、まあそれはいいとして、以下、それぞれについてすこし反論したいと思います。
まず1についてですが、これはちょっと的はずれな批判だと思います。現代ドイツの文学に対して僕がネガティヴなことを書いたからといって、ゲーテやカフカのすばらしさがどうなるわけでもありません。当たり前すぎて書くのもどうかと思うのですが、そういう不変の価値というものはあるのです。僕は文学基金を背景にした「現代」のものについては批判的ですが、だからといってそれがドイツ語文学ぜんたいへのネガティヴ・キャンペーンになるわけではとうぜんない。逆に訊きたいくらいです、友人におかしな点があるとして、それを黙って見過ごすことのほうがいいのかと。僕はそういうのをなあなあですませることのほうが、よほどマイナスだし、騙していることになるとおもう。
(ただ、僕はあれをドイツ語で書く気はありません。つまり、「文学基金をやめたほうがいい」とドイツ人に対していうつもりはまったくない。なぜならこれは彼らの問題だからであり、彼ら自身が決めてやっていることに対して干渉するのはそれはそれでおかしな話だからです。でも、ドイツ文学をやってる日本の研究者は少なくともこれを知っておく必要はあるとおもう。ひとつの疑問点として。)話をもとに戻しますが、そもそもⅩさんはブログの読者一般をみくびりすぎではないのか。「批判→ネガティヴ・キャンペーン」なんていう短絡的なうけとりかたをする読者なんて、どこにもいません。もっと読者の読解力を信頼すべきです。
2についてはたしかに、僕だって偉そうなことはいえません。おっしゃる通りで、他人のことをとやかくいえたものではありませんし、それは研究者志望であってみればなおさらのことです。僕だって飼いならされる可能性、あるいはすでに飼いならされている可能性はじゅうぶんにある。それは認めます。が、この批判も半分は当たっているけれども、半分はやはり納得できないものがある。まず言いたいのは、僕があれを書いたのは、自分で書いた批判がまさに自分にもあてはまりうるからです。つまり、ひとごとではない、いつ自分が同じ状況に陥ってもおかしくない身近な問題としてあるからこそ、考え、そして書く意味があったのであり、自分自身にふりかかってこない批判など真の批判ではないし、自分を安全圏においた問題提起など、そこらに溢れているその場かぎりのブーイングとなんらかわりがない。それが一点。(まあでも「あれは自己批評だったんだ」というのも反則技というか、けっきょく僕の自己弁護でしかないですね…それは人から言ってもらって初めて意味をもつのであって、こうして自分で言ってしまっている時点で説得力は失われている…気がする…)
二点目は、自分だって予備軍のひとりだろ、ということなのですが、予備軍だからこそ言えるのだし、また言わなければならないのではないでしょうか。なぜなら、現場の人間はそういうことを言おうにも言えない(言いにくい)という構造が残念ながらあって、前線と銃後とではものごとはべつの原理で動いているだろうからです。つまり予備軍が沈黙するなら、問題自体がなかったことになる(たとえば無害化された知識の問題)。もっとも避けなければならないのは、そのことです。僕が、日本の独文教師は「ドイツ文学基金」の問題をかんぜんにスルーしている、と書いたのもそのためなのですが、現場のひとは現場のひとで僕を批判してくるでしょう、なにを偉そうにと(笑)。それはしかたがないとしても、ただ僕には、なにごとも黙ってすますこの風潮、「沈黙は金」的な、やけに「大人な」態度がキモかったのです。どうもこう、ただの怠惰を「日本人の美徳としての寡黙さ」とはき違えた人が多くはないでしょうか。
Ⅹさんへの反論にちゃんとなっているかわかりませんが、書かない(黙る)よりはいいと思って書いてきました。またなにかあればどうぞ(べつに歓迎しているわけではありませんwww)。 June 13 カフカ ルーマン カードボックスこれからのカフカ研究において重要な役割を果たすであろうプロジェクトが起ちあがりました。→http://www.kafkabureau.net/ Markus Krajewski がいうように、まさにニクラス・ルーマンの「索引カードボックス」のデジタル版ということになりそうです。 まだ工事中の段階で、完成までにもう少し時間がかかりそうですが、もし本格的に機能し始めれば、カフカのテクスト相手に色んなことが可能に! テクストをデジタル管理することで、キーワード検索はもちろん、関連する項目などもプログラムがまとめて出力してくれるとのことです。楽しみにしましょう。
動画は、ルーマンの伝説のカードボックス (Zettelkasten)です。 June 12 ベンヤミンに反応東京オペラシティ・アートギャラリーで7月19日から開催される現代美術展「トレース・エレメンツ―日豪の写真メディアにおける精神と記憶」のカタログに、東浩紀が寄稿したそうです。東浩紀いわく、
<ひさしぶりに「ベンヤミン」とか書きました>
だそうです。たぶん『写真小史』とかでしょうね。美術展のHPはコチラ。 June 10 村上春樹と島田雅彦村上春樹と島田雅彦についての以前の僕のエントリーをめぐって、友人「てっちゃん」とやりとりする機会があったので、それを以下にまとめて載せておきます。なお「てっちゃん」は三島由紀夫を長年にわたって読みこんできており、彼にとっては三島が最重要作家であることが前提になって話はすすんでいます。
てっちゃん: なぜ世界中で村上春樹はうけるのかな? 僕は決して村上春樹のよい読者ではないし、海外での具体的な反応も知らないから、「なぜ春樹はうけるのか?」について、ヴッパータール人の考えを聞かせてください。
ヴッパータール人: じつは僕も以前は村上春樹を読みまくっていたけど最近では彼のよい読者ではないし、正直いうと「春樹現象」には興味すくなめなんですが、あえて説明するならこんな感じかな?: 三島以前の日本文学というのは、外国文学輸入いっぺんとうだよね。外からとりいれたものを参照しつつ、いかに日本的なものを出力するかが問題でした(というかこれは源氏物語からずっとそう)。これは思想についてもいえます。でも三島以後としての村上春樹(といっちゃうのは大雑把すぎるんだけど)というのは、事情がかわってくる(柄谷行人も日本の思想家としては初めて「輸出」を意識して書くようになったよね)。もちろん彼にしてもアメリカ文学の大きな受容者なわけだけど、でも本人が公言しているように彼は小説を外国で書いたり、「翻訳される」ということを最初から念頭においている。そのとき「訳せないもの」としての日本語はそぎ落とされていって、かぎりなく翻訳可能なものだけがあとにのこる。しぜん翻訳はスムーズになされるし、内容も読者の頭にすっと入ってゆける(古都の美やら陰影のあはれやら、禅もなければわび・さびもない)。ドイツのある保守系論者が「こんなのはファーストフードだ!」と切り捨てて、たいへん物議をかもしたんだけど、それってけっこういい意味でも悪い意味でもムラカミ文学の本質をついている気がする。マックとかスタバって平気で国境や言語をこえてゆくからね。
てっちゃん: なるほど。「ファーストフード」というその評論家の指摘は、本当に妙を得ていると思って、驚きました。ところでヴッパータール人のブログの中で「村上春樹のやれやれよりも島田雅彦のべらんめえのほうが好き」ということが書かれていたよね? 今回の質問は次のようなものです。少なくとも学部生時代のヴッパータール人は、ムラカミ文学に対して今よりも熱心に向かい合っていたよね(ヴッパータール人が初めてボンに留学する前、『風の歌をきけ』の冒頭の感想を僕に求めたことは特に鮮明に覚えています)。質問①:よって「なぜムラカミ熱が冷めてしまったのか?」質問②:また「なぜ好みの問題で村上春樹にたいし島田雅彦をもちだしたのか?」両者が世代的に近いといったことを超えて、なにか決定的な違いがヴッパータール人に見い出されたからこそ、好みの問題であれ比較できたのでしょうから。僕が村上春樹の「やれやれ」も島田雅彦の「べらんめえ」もよく理解していないと仮定してください。
ヴッパータール人: まずは質問①について。ことわっておくけど『世界の終わりとハード・・・』は凄い作品だと今でも思っているし、けっしてアンチ・村上春樹というわけでもないです。だからまさに熱がさめたというのが正しいです。疑問をもつようになったのは、なぜ彼の小説の主人公「僕」はけっきょくいつも「温存」されるのか、ということ。もちろん「僕」はさまざまに翻弄され、それなりに苦悩し、いろんな問題にまきこまれる。でもいつだって小説のおわりで「僕」はまたサンドイッチを食べれる日常にもどってこれている。そもそも、なんでこんなに「僕」は健康なんだ?(村上春樹じしんのあの適度な酒とヘルシーなスパゲッティと毎日のマラソンにみられる健康志向っていったい何なんだ?) なんでいつも素敵な女の子がそばに寄ってきてはセックスしていられるんだ? 世界に過剰な希望をもたず、だからといって過剰に絶望もせず、「やれやれ」とつぶやきながら生きている「僕」、それでいていつもちゃんと「命綱」がついてるというか、保険がきいてるというか、「帰ってくる場所」がちゃんと用意されている。そんなフィクションって僕にはぜんぜん魅力的じゃないし、そもそもかっこよくない。 三島由紀夫の自決前の演説をテレビに観ながらなんの感慨ももてない「僕」がえがかれるシーンがあったと思うけど、右とか左とか関係ないそういう「僕」のクールさ、「本気になんてなれないし、そもそもからっぽなんだよね」っていう「僕」の諦念のスタンスがスタイリッシュだとみなされた時代があったんでしょう。でも僕がいいたいのは、おいおい、そのクールさも諦念も、三島にとってはすでに折込済みだろ、と。まさにその悟りきった感じが三島にしてみればぶざまで仕方なかったんだから。それを今さらなにか新しい感覚のように描かれてもちょっと、と思うんです。そこにあるのは戦慄とか畏怖じゃなくて、セラピーだとおもうよ。癒し。心地いいでしょ、村上春樹って。コカ・コーラのような清涼感と、「あ、コーラまた飲んじゃったな」という軽い自己嫌悪。まさにこの、清涼感と自己嫌悪の悲哀から成り立ってるのが彼の小説だとおもふ。じつに「僕」は饒舌だしね。100通りのうなずき方を心得ているとかいって聞き手を装いながら、じつは飽きもせずによくしゃべっている。舞城王太郎のような失語や「寡黙さ」なんて、そこには皆無なんですよ。
てっちゃん: うん、毎度ありがとう。そういった意味での「やれやれ」なんだね。三島との関連でいうなら、おそらく三島の嫌悪感が凝縮された人物である『天人五衰』の安永透につうじるパーソナリティを、村上春樹の主人公は備えていると指摘することも、不可能ではないと思う。もしそれが可能なら、安永透は、日本人の精神的様式の一つの分水嶺といえるのではないか。われわれ日本人にとって三島が何度も必要だと説いた「絶対性」というキーワードは、確かに村上春樹には無縁に近いかもしれない。でも、僕の意見としては、すべてが相対性の中に埋もれてしまうのは、少なくとも政治・経済の世界で充分であって、相対性の中から各々の絶対性を汲み取ることが、作家の、文学者の必要最低限の役割だと感じられるのです。
ヴッパータール人: どうも。というわけで今日はまさにそれと係わる質問②についてなんですが、村上春樹と島田雅彦をならべて論じるのはまったく珍しいことではないよ(それに本人同士で意識してるしね。島田雅彦は村上春樹を嫌いなんだよねw)。僕はあくまで、よく持ち出されるこの対比の構図にのっかっただけです、その上で好みを言っただけだということ。ふたりとも外国文学を旺盛にとりいれて、翻訳もし、そしてもっとも才能あるふたりでありながらついに芥川賞をとれなかった(笑)。外国文学をたんにとりいれるだけじゃなくて、「批評」に対してもすごく意識的な両者ですよね。村上春樹は表ではあまりそういうことを言わないけど、でも短篇小説案内とか、オウム事件のインタヴューとか、翻訳論とか、柴田元幸と組んだりとか(前ぶれもなく柴田ゼミにふらっと来たりもする)。島田雅彦は器用このうえない人だし、とくに批評空間系のひとたち、柄谷・浅田・福田をはじめとして、共著(対談)も出している(新潮文庫に入ってた浅田彰との共著・対談はすごくよかったよ、絶版だけど。それに福田和也とはながいこと一緒に三島賞の選考委員をつとめていたよね)。 で、村上春樹はポップさを前面にだしながらもしかし実は非常に潔癖なひとで、本の最後に解説とかけっして書かせないし、エッセイなどは書くけれども、メディアの前に姿を見せることはずっと避けてきている。つまり、おそらく彼なりの「純文学」のイメージ、「純文学」作家のイメージというのをもっていて、それをすごくかたくなに、あるいは誠実に守っている。ある種の「遮断」があるわけです。彼は外国へいって書くけれども、じつはその背後にはこの「遮断」が見え隠れしている。こもるわけだから。 それに対して島田雅彦は、作家のそういうある種「崇高」な姿、近寄りがたさというものを、うさんくさく思っている。彼はどんな汚れ仕事だってやるよね。くだらないテレビ番組にも出るし、大学で授業もするし、映画にも出るし、酒ばっかり飲んでるし、最近ではケータイ小説の連載もはじめた。彼は自分が、というか作家というものはそもそも道化であり、道化であるべきなんだっていう信念があって、「人間のばかばかしさ」をけっして遮断しないんだよ。彼ほどの才能なら、粛々と作品を書いていってもやっていけるはずで、現にそういう作家はほかにたくさんいる。でも彼はたぶん、あえてそうはしなかったんだよね。できなかったということでもあるけど。コピーとオリジナルやら、日本と西洋やらの構図がくずれ、シミュラークルの80年代、冷戦の二極構造が消え、昭和がおわり、「絶対に」潰れないはずの銀行が潰れた時代をくぐっているのに(村上も島田も80年ころ出てきたひとです)、なんで作家だけが作家という同一性を保っていられるんだ? それは不誠実だろ? という声が島田雅彦からは聞こえてくる。もちろんそういう「あらゆるものは相対だ」といいきって生きていけるほど人間は強くないので、絶対性は必要だ。けど、それは「潔癖」であることによってではなく、道化としてシミュラークルとたわむれつづけ、たわむれつづけた果てに、たわむれを突き抜けることで読者に差し出されるものではないのか。 つまりなにをいいたいかというと、僕は、村上春樹よりも島田雅彦のほうがよほど三島由紀夫のことをよく理解しているとおもうし、三島由紀夫に近いとおもう(ただ誤解してほしくないのは、理解は賛美では必ずしもなくて、じっさい島田は三島を批判しているよね。それに、そもそも三島的であることはいまさらゆるされないし、誰にもできないし、できても意味がない。でありながら本当は島田雅彦は三島にあこがれ嫉妬してるはずだ、というのが僕の考え)。『美しい星』とかへんてこな小説を書いたり、映画に出て大根役者ぶりをさらしたり、ボディビルはじめたり・・・三島のそういう道化ぶりって、作家が真剣であることとなんら矛盾しないし、逆にいえば、そういう羽目をはずさない作家、すかした作家が「何から逃げているか」が浮き上がってしまうような気がするんですよ。それに、三島や島田にみられるある種の「ばかばかしさ」、わんぱくぶり、イタズラしてだれかが落とし穴にはまるのを見てカカカと笑ってる、そういう子供っぽさをひろくゆるすのが、日本の文化であり、神である―『文化防衛論』に書いてあるのはそういうことじゃなかっただろうか。一見かけはなれているようにみえて、三島の『文化防衛論』と浅田彰の『逃走論』スキゾ・キッズって、ウラオモテの関係のような気がする。
てっちゃん: 島田雅彦が村上春樹のことを「くだらないファンタジー」と非難していたことは知っていたよ。というか、村上春樹以外にもわんさか敵がいて(笑)、よくケンカしてるよね。ところでまさに指摘してくれたように、村上春樹より島田雅彦のほうが三島にずっと似ている。というのも、たしかに三島が生きていた時代よりも遥かに、作家の道徳観・倫理観はひろく受け入れられる「寛大」な世の中にはなった。しかし当然ながら、三島がやったこと、同じことはやれない。じゃあどうするか。結果として、サブカルチャーに手を染めながらも作家としては最後まで大時代的な存在でありつづけた三島に対し、島田雅彦は作品の奥深くにまでサブカルチャー的要素を入り込ませているよね。せっかく三島の話になったので、ひとつ知っておいてもらいたいことがあります(知ってたらごめん)。それは、「なぜ三島がサブカルチャーに手を染め、敬愛する谷崎のように芸術家としての長生きを拒んだのか?」ということです。『金閣寺』の成功のあと、準備期間も含めて二年間を費やし「自分のあらゆるものをこの長篇に投げ込んでしまった」という『鏡子の家』の悲惨なほどの失敗で被った深刻な失意を表すものとして、晩年に大島渚との対談の中で語られた次のような言葉があります(引用そのままです)。
<『鏡子の家』でね、僕そんな事いうと恥だけど、あれで皆に非常に解ってほしかったんですよ。それで、自分は今川の中に赤ん坊を捨てようとしていると、皆とめないのかというんで橋の上に立ってるんですよ。誰もとめに来てくれなかった。それで絶望して川の中に赤ん坊投げ込んでそれでもうおしまいですよ、僕はもう。あれはすんだことだ。まだ逮捕されない。だから今度は逮捕されるようにいろいろやってるんですよ。しかしその時の文壇の冷たさってなかったですよ。僕が赤ん坊捨てようとしてるのに誰もふり向きもしなかった。そんなこと言っちゃ愚痴になりますがね。僕の痛切な気持はそうでしたね。それから狂っちゃったんでしょうね、きっと>
ここで言う「赤ん坊」って、何だと思いますかヴッパータール人は。それは、『鏡子の家』の主要登場人物である、やさしい画家として描かれた夏雄、つまり芸術家としての生ではないか。芸術の可能性を巡って苦悩していたギリギリのところで、彼の周囲は「冷たかった」。三島が、天皇という苦し紛れの絶対性を持ち出さざるを得なくなったのは、この時ではなかったかと思うと、僕は、とても痛ましく感じられるのです。
(今回はここまで。続くやりとりを載せることがまたあるかも分かりません、読んでくれた人の反応をみながら…) June 09 ピナ・バウシュと坂本龍一6月7日土曜日、ヴッパータールのシャウシュピール・ハウスで、ピナ・バウシュの新作(2008)を観てきた。
坂本龍一の 『美貌の青空』 が使われていたシーン、鳥肌がたって、この体験は一生忘れられないだろう。 |
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