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May 31 救済から治療へすばらしい論文を読んだ。学術論文にドキドキさせられたのは久しぶりのことだ。
内容を乱暴に要約すると、こうなる(書き手の誠実さがなによりその文体から伝わってくるような論文なので、ほんとうは要約などしたくないのだが)。ワイマール共和国時代のドイツにおいて、犯罪者がどういう基準で更生可能、更生不可能を決定されていたか。その決定はロンブローゾの(悪名高き?)犯罪生物学を思想的なバックボーンにしていたが、この思想の正体はどのようなものであるか。そのことが、やがて来るナチスによる権力掌握を見据えた緊張のなかで考察されてゆく。そんな論文である。
なぜ僕がそれほどまでに惹きつけられたかというと、この論文がまさに「救済から治療へ」という問題を扱っているからである。「救済から治療へ」とは何か。それはこういうことだ。19世紀後半から20世紀前半にかけて、「救う」ということに関して、思想上おおきな転換がある。それは、人間がもはや宗教的・信仰的に救われることを至上の価値とみなすのではなく、医学的に救われることになによりも大きな意味を見出すようになった、ということである。つまり、人間を救うのはもはや聖職者ではなく、医者である。したがって聖職者がにぎっていた権力も、いまや医者の手中にある。教会は病院にとってかわられた。
しかし、これはなにも深遠な話ではない。それはごく身近な問題として存在している。例えば、僕たちは「健康であること」を日常的に強いられている。タバコを吸ってはいけない。健康診断を受けねばならない。肥満は悪徳のようにみなされる。「健康でありさえすれば…」とは誰もが言う言葉だし、病気やケガで苦しんでいるその苦痛を医者が取りのぞいてくれると、それが自分のであれ、大切な人のものであれ、僕たちはその医者をなにか救い主のように感じるし、いいしれぬ感謝の念さえ湧いてくる。命がかかわる手術へ向かう医師に対しては、僕たちはじっさい「祈る」ほかない。医療関係に富が集中するのも、「治療者」がにぎる裁量の大きさの端的なあらわれである。
禁煙ファシズムとはよくいったもので、僕たちはもっとこういう「生かす権力」に敏感であった方がよい。それにつられて思うのだが、僕にはハイル・ヒトラーの「ハイル」は、「万歳」ではなく、「健全・正常な」という意味にきこえてしかたがない(なお佐藤論文では、犯罪生物学がナチスのいわゆる衛生思想ないし断種法に直結した、という見解は斥けられている)。
救済から治療へ。その転換点はだいたい1880年ごろにあると僕は考えているが、佐藤論文が扱うロンブローゾが活躍をはじめるのはちょうどこの時期だ。ところで僕の見立てでは、「救済」と「治療」のはざまに立った思想家こそがニーチェだった。ニーチェの病、ニーチェという病は、このパラダイム転換を見事に反映している。「救済者=神」の死の宣言は、「病者の光学」によってなされたのであるから。なお、コッホが結核菌を発見するのが1882年。これは医学史を画する事件だが、コッホのもとへやがて留学してくるのが軍医、森鷗外である。むろん鷗外はロンブローゾをも読むことになる(東大の鷗外文庫にはドイツ語訳の『天才と狂気』(1887)が所蔵されている)。
話をいったん元へもどそう。佐藤論文のハイライトは、きわめてクリティカルなその結論部分にある。すなわち、犯罪者が更生可能か不可能かをどういう基準で量るのか、その最終判断を握っていたのが聖職者でも役人でもなく医師であったということ、しかもそのいわば「審判」が、論理やある一貫性にしたがってではなく、けっきょくは医師のその場の恣意で下されていたという指摘である。この指摘には、論者の、静かだが確かな批評眼が光っている。これは当時の医学の限界をたんに批判するようなものではない。なにがノーマルでなにがアブノーマルかは科学や論理では説明がつかないということ、そこにイデオロギーが入り込む余地があることは、もはや常識である。そして、にも係わらず科学者や医者が「科学的である」と自称してはばからないのも、もはや見慣れた光景だ(ドイツにかぎらずマッド・サイエンティストは世界にあふれかえっている)。佐藤論文がつきつけているのは、正常と異常とを論理では分けられない、説明しきれない事態が発生するのはやむをえないとしても、しかしそこにおいてこそ、ひとりの医師の倫理がためされるのではないか? ということなのである。
これはあるいは深読みかもしれない。が、僕がそのように読みたいのにはわけがある。というのも、医師があやしげな決定権をもち、「治療」という観念が支配する状況からいかに逃れるかという問題は、文学においても、自然主義にどう対応するかという問題として、すでに1880年代に顕在化していたからである。
ロンブローゾの犯罪生物学はたしかに新しいものだが(プロファイリングの起源はここにある)、しかしその発想自体はあくまで決定論のフレーム内にある。人間の行為は素質、遺伝、環境等に規定される、というものだ。つまりロンブローゾの理論とは、決定論の犯罪学への応用にすぎない。とりあえずはクロード・ベルナールに、かかる自然主義的な決定論のはじまりをみることができるだろう。そして、ベルナールの理論(「実験医学序説」)を文学に応用したのが『実験小説論』のゾラだった。『実験小説論』を読むと、いかにゾラが「治療」という観念に支配されているかがわかる。彼はいう、小説家は医者であれ、と。社会は問題と悪弊にみち、つまり「病んだ」状態にあるから、それにメスを入れることで腫瘍を取りのぞかねばならない。小説家は、登場人物が素質、遺伝、環境によって決定づけられたように行為するのを観察し、示すことで、社会の診断書を書かなければならない。およそそういう趣旨である。
いま、ウィーンに目を移したい。当時のウィーン大学医学部もまた、クロード・ベルナールの『実験医学序説』のつよい影響下にあったのだが、ここに学んだのがフロイトでありシュニッツラーだった。むろん、両者ともにいまだ無名である。1880年代の末、シュニッツラーは医学雑誌の編集にたずさわるかたわら、みずからも医学書・翻訳書への書評を書いていたのだが、そこにあがってくる名がロンブローゾであり、クラフト=エービングであり、フロイト訳のシャルコーおよびベルネームなのである。
やがてシュニッツラーは作家としてたち、フロイトは『ヒステリー研究』を世に出すことになるのだが、そうした彼らの初期作品からはっきり読み取れるのは、ひとことでいえば「医学への不信」である。シュニッツラーの作品にはきまって医師が登場する。だがどの医師も、もはや「治療」する者としては描かれない。それどころか、ある危機を前にしてなすすべがない、途方にくれた者として描かれるのである。フロイトはどうか。彼は、「生活史的に」規定されたノイローゼ患者を前にしては、「自然科学的」医学の言語が無力であるほかないことを痛感する。フロイトがみずからの言語を「文学化」することにおいて思考すると決めたのは、そのためである(それゆえ一部の脳内お花畑人間から「精神分析は科学ではない」というたいへんけっこうなレッテルを貼られることが今でもある。そういう輩は『ヒステリー研究』すらまともに読んだことがないのである)。
ゾラは野蛮である、シュニッツラーには品格があると言った鷗外を、僕は信じたい。さきに僕は、「論理的には説明しきれない事態が発生するのはやむをえないとしても、しかしそこにおいてこそ、ひとりの医師の倫理がためされるのではないか」という問題提起を、佐藤論文に読みこんだのだった。それは、その問題提起への応答を、フロイトやシュニッツラーに見出すことができるのではないかと考えたからである。フロイトやシュニッツラーがみせた「医学への不信」は、「救済」にかわってあらわれた「治療」にたいする懐疑として、また「治療」という観念に飼いならされることからいかに逃れるかを思考する者の姿として読めるのではないか。
狂人にせよヒステリー患者にせよ、論理的にではなく「生活史的に」規定された人間を前にして、フロイトやシュニッツラーは戦慄し、無力感にさらされた。犯罪者をときに更生可能、ときに不可能とさばいていった医師たちに、こうした無力感があったかどうか。フロイトもシュニッツラーも、医師としておのれが握ってしまう権力、握ってしまっている権力を自覚することから出発するほかなかった。「治療」そのものを疑ってみるということを知らない者たちに欠けているのは、そういう倫理である。 May 29 アルヴォ・ペルト、鏡のなかの鏡アルヴォ・ペルト作曲 『Spiegel im Spiegel (鏡のなかの鏡)』 です。
ペルトはエストニアの人ですが、冷戦時代に亡命して、たぶんいまでもベルリンに住んでるはずです。もっともよく知られた現代作曲家のひとりであり、そして『鏡のなかの鏡』はもっともよく知られたペルト作品のひとつです。ただ、ペルトの音楽は断じてヒーリング・ミュージックではない。それは、パウル・ツェラーンの詩が癒しではないのとおなじです(ヒーリング、癒し、ああなんて厭な言葉なんだろう)。
ところでこの『鏡のなかの鏡』、ミヒャエル・エンデの同名の小説とはとくに関連はないようです。僕は『モモ』なんかより『鏡のなかの鏡』のほうが好きだなあ。 May 27 クライストとメスマーNZZに
Katharine Weder: Kleists magnetische Poesie. Experimente des Mesmerismus, Göttingen 2008
への書評がでています。コチラ。クライストの作品に、メスマー(催眠療法の創始者)の影響というか痕跡をさぐる本のようです。あーでもそうしてみると、親和力ってのもこの「マグネティックな愛」と関係あるんだろうなあ。
「で、クライストってだれよ?」という人のために: かんたんにいうと、時限爆弾みたいな小説やドラマを書いたドイツの作家です。破壊力は抜群。瞬発力も抜群。呪文でいうとイオナズン。戦争になろうものならぜったい敵にだけはまわしたくないタイプ。そのぶん味方になってくれたらすごい働きをしてくれそうだ(ただし自爆自重)。クライシス・テロリスト・クライストということで(なんだそれ)。はじめての方は、『ミヒャエル・コールハース』という中編小説から入るとよいと思います。スゴクおもしろいよ! May 26 冒頭の、一文。
<蓮華寺では下宿を兼ねた。> 島崎藤村『破戒』 <死のうと思っていた。> 太宰治『葉』 <減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。返せ。> 舞城王太郎『阿修羅ガール』
などなど、名文ではじまる小説、最初の一文でガツンとグイっと引きこんでしまう小説は、とりわけ記憶にのこるものです。じゃあドイツ文学だとどうかといえば、僕がまっさきに思いつくのは『若きヴェルテルの悩み』です(はいそこっ、「イマサラ~?」とかいわない)。
<ひと思いに出かけてしまって、ほんとによかったと思っている。人間の心なんて、変なものだね、君。>
翻訳はたしか高橋義孝だったと思います(斎藤酒場乙)。高校のころ、はじめてこの小説を読んだとき、上にあげた冒頭の一文があまりにも(ぎんギラぎんに)さりげなく、でも多くを語っていて、しかも颯爽としてカッコいいので、おもわずクラクラしてしまったのをいまでもよく憶えています。めちゃくちゃ有名な作品なので翻訳の種類もたくさんあるのですが、やっぱりこの訳がいちばんだとおもふ。
原文は<Wie froh bin ich, daß ich weg bin! Bester Freund, was ist das Herz des Menschen!>なので、高橋訳はけっこうな意訳だということがわかります、が、論文じゃないんだからそんなことは100%気にしない。<ひと思いに>なんて原文にはないわけだけれども、これがあるから颯爽感がでる。躍動感がでる。小説は、聖職者に付き添われることのないヴェルテルの埋葬をえがいて終わります(聖職者が不在なのはヴェルテルが自殺したため)。つまり、これによって冒頭と末尾のコントラストがいっそう際立つことになるのです。が、それにしてもいったい、その間なにがあったのか? ヴェルテルは何故死んだのか? こたえが知りたい方は、ぜひ保田與重郎を読みませう。 May 24 ドイツ小説: ビルドゥングスロマーンのあとにくるものひとくちに小説といっても、さまざまなジャンルがあります。で、たとえば日本ではながいこと「私小説」というジャンルが支配的だったように、どのジャンルがさかえ、またどのジャンルを売り出してゆくかが、国によってちがうということがある。それぞれの国の得意分野は、だいたいこんな感じになるでしょうか。 アメリカ・・・SF イギリス・・・探偵小説・ミステリー フランス・・・風俗・社会小説 ドイツ・・・・教養小説 日本・・・・・私小説 おいおいマジかよという声が聞こえてきそうですが、たしかにこういう見取り図はもう現在では通用しないかもしれない。「かつて」の、あるいは「近代」の見取り図ということになるでしょう。そもそもこういう国民文学的フレームじたいが無効になってんだよ、的な意見はいまはおくとして、ではこの「近代小説」の見取り図はどう変化したか。
まずアメリカですが、これはもうハリウッド的想像力にふさわしいもの(ホラーにしろ、サスペンスにしろ、スペクタクルにしろ)がこれからも書かれてゆくだろうし、そもそもSFじたいが21世紀を生き延びるであろうおそらくは唯一のジャンルなので、よくもわるくもこの「ハリウッド系」に未来はある、機能してゆくと思います。 つぎにイギリス。イギリス現代小説…とかって残念ながらほとんど耳にしませんが(勉強不足ですごめんなさい)、しかし『ハリー・ポッター』とか『ロード・オブ・ザ・リング』とかケン・フォレットの『大聖堂』(The Pillars of the Earth)とか、世界中、億単位で読まれる小説(ファンタジー)を現に生みだしている。これは映画化なども考えれば、「ハリウッド系」の盟主といってもいいのではないか(ミステリーもハリウッドの柱のひとつです)。 フランス。フランス現代小説というのもあまり聞いたことがありませんが(だからごめんなさいってば)、しかしヌーヴォー・ロマーンが世界の小説家たち、また映画界にあたえた影響ははかりしれないし、ヌーヴォー・ロマーンとパラレルに起こったフランス現代思想はちょっと前まで世界を席巻していました。 日本。セカイ系。未来があるかどうかはかなり微妙だけど、涼宮ハルヒは確実に地球全体にしみわたっています。あたりまえだけど、私小説がなかったならばセカイ系もなかった。 で、最後にのこったのがドイツ。「教養小説」のあと、といってもそれはもう100年以上も昔の話なのですが、ドイツはどういう小説を「らしさ」として生みだしてきたのか。これはとても厄介な問題で、じつはぼくは最近このことをずっと考えているのですが、わからない…。「~小説/系」というフレームをみつけられないことだけはたしかです。いま漠然とおもうのは、なにかここにカフカが関係するのではないか、ということ。人間カフカ、小説家カフカというよりもむしろ、現象としてのカフカです(カフカという名は実際、ひとりの小説家の名をこえてしまっているところがある)。つまり、ドイツの場合、世界に浸透しているものとして、カフカを「持っている」。彼がしかしユダヤ人であるということ、そこに、「カフカを持っている」などと公然と言うことはけっしてゆるされなかったドイツの20世紀、その縮図が映し出されないだろうか。そんなことを考えています。むろん、カフカにとっては迷惑いがいのなにものでもないわけですが。 ドイツ語で江戸る。ニコ動で<ローゼ姉さんのドイツ語講座>をみたあと、なんということもなく目の前の電子辞書をいじっていたらば、こんなの発見。
<Das ist reiner Unsinn>
と例文があって、その日本語訳が、
<そんなべらぼうな話があるもんか>
んな「べらぼう」って、江、江戸っ子?
しかしそれにしても、なんと冷静沈着な江戸っ子であろうか。我々はむしろそのことに驚くのである。江戸っ子らしさを前面にだそうというのであれば、ここは<そんなベラボウな話があるもんかってんだ>となるはずである。それどころか我々は文末に 「!」 を付したいくらいであり、<あるもんかってんだチキショーめ!>と調子づかせたい誘惑にすらかられるのである。しかし彼は冷静である。あくまで<あるもんか>なのだ。けんか腰に出てしまうのを断念することによって、ある種の悲愴感すらただよわせている。熱をこめてはなたれる言葉ではない。<あるもんか>はなかば消え入るように響くのである。デクレッシェンドである。いまさら言ってもどうにもならぬ、しかし江戸っ子たる以上ここで口をつぐむわけにもゆかぬ、だが・・・という彼の苦渋が、この一文にはこめられているのであり、江戸研究にくわしい江藤健吉によればk (以下略) May 21 舞城王太郎<僕たち日本人は、「美しい」という言葉を、ある厳かさを湛えさせるため以外には、あるいはあるおかしみを漂わせるためというまれな場合以外には、使わない。例えばアメリカ人が「ビューティフル」というときのような気安い感じでは使わない。「美」という言葉は日本人にはとても重い。それは厳粛と言っていい類の言葉の一つだ。だから逆にそれをふとした拍子に意識的な軽妙さで使ってみせたとき、おかしみが漂うのだ。
とは言えそもそも、日本語における「美」「美しさ」という言葉は、ものごとの持つある側面の至高の姿を表すためのものである。至高に値しなければ「きれい」「かわいい」「すてき」でいい。翻って、それらの気軽に使える言葉では言い表せない高みにあるものにこそ、「美しい」という言葉が用いられるのだ。
それを踏まえた上で、おかしみを狙っている訳でもなく言わせてもらうが、レスカは美しかった。凄かった。正直すさまじかった。一つの生命が、それも一匹の猫が、それもそれも調布駅の南を線路に平行に走る品川道の脇にぽいと捨てられていたような子猫が、こんなにもさらりと美しくってどうすんだよ、と思うけどしょうがないなこりゃって諦めてしまうくらい美しかった。>
舞城王太郎 『我が家のトトロ』 より (新潮文庫 『スクールアタック・シンドローム』 所収) May 20 ヌメルス・クラウズス「シネマックスで大学の授業だって!?」 ヴッパータール大学のみなさんがご立腹のようです。
学生も怒ってます。教授も怒ってます(インタヴュー受けてるのが研究室でお世話になってるプロフ)。学長涙目w
ヌメルス・クラウズス(大学の定員制限)を甘くみるとこういうことになりますwww May 19 保田與重郎二ヶ月ほどまえ、デュッセルドルフの古本屋で『保田與重郎文芸論集』をみつけたので買っておいた。新学社のではなくて講談社文芸文庫のもので、未読のものもふくまれており、ちょうどよかった。編集は、先日なくなったドイツ文学者の川村二郎。あとがきによい文章があるので、紹介したいとおもいます。本書冒頭におさめられた有名な『日本の橋』の一篇について、川村二郎はこう書いている、
<昭和十年の京阪の風水害で、京都の橋の大半が流されたと知って、心から惜しんだという一節がある。そのあたりにはなつかしい身寄りの者もいたが、その人たちの安危を思う前に、橋のことが気にかかった。「暮しをくつがえされた人々を思うよりも、生命もなく美的芸術でもない橋を思って、何にもならぬことを偽りない本心で案じていた」とある。 批判者なら、冷く非人間的な唯美主義をここに読むだろう。刻薄なファシズムの匂いさえ、嗅ぎ取るかもしれない。 だがそれにしても、人間とは何か。今生きている人間だけが人間なのか。生きている人間の前には、無数の死者がいる。その死者たちは人間ではないのか。 「生命もない」橋を思う時、保田はおそらく、橋を作り橋に物語をまつわりつかせた昔の人々、死者たちの「生命」を思っている。生きている人間はどうでもいいというのではない。ただ死者の生命を思う心の熱さが、いささか挑発的な直言を彼に強いているのである。>
「橋を作り橋に物語をまつわりつかせた昔の人々」というところ、ほんとうによい一文だとおもいます。「まつわる」はきっと、「まつらう」からきているのではないでしょうか。追悼することと神をまつることとはおなじであると考えたはずの保田與重郎を、みごとにとらえた一文ということになるのではないか。
なお、写真はゲーテの『若きヴェルテルの悩み』を論じた保田與重郎『ヱルテルは何故死んだか』(1939年)の初版本です。四季コギト詩集ホームページの管理者様より転載の許可をいただきました。ここにお礼を申し上げます。 May 18 宮澤賢治にとってのドイツ(写真: ドイツ語に翻訳された宮澤賢治の物語集 『Die Früchte des Ginkgo』)
だいぶ前のことになりますが、宮澤賢治を論じた本である、梅津時比古 著 『《ゴーシュ》という名前』 (東京書籍)について、文芸評論家の三浦雅士が書評を書いています。きょうはその一部をご紹介したいと思います。
<著者は次に、賢治が学んでいたのはフランス語ではなくドイツ語であったこと、賢治の詩に登場する外国語の頻度数も英語、ドイツ語の順でフランス語は低いことに注意を促す。従来の賢治研究の盲点である。疑いなく賢治の詩を浸しているのはフランス語ではなくドイツ語の雰囲気なのだ。賢治は、デア、デス、デム、デンというドイツ語定冠詞の格変化さえも詩語として用いた詩人なのである。 著者はさらに、賢治と同時代のドイツの詩人、アルノー・ホルツが賢治に与えた影響に言及してゆく。ホルツは当時、刻々と変化してゆく状況を即物的に捉えてゆくその文学的手法「秒刻体」によって有名だったが、それこそ賢治の「心象スケッチ」へと展開していったものにほかならないというのである。>(毎日新聞2006年1月29日より) 書評の全文へはここから。
たしかに宮澤賢治のことばには、しっかりとしたおもみと透明な厳しさがあって、そのことが柔弱さをしりぞけ、詩世界のゆたかさをぐんと拡げている。彼のことばの、鉱物のような質感に、「ドイツ語の雰囲気」が感じられるようです。
僕はよく、せんじつご紹介した kazetotanpopo さんの朗読サイトで 『銀河鉄道の夜』 を聴かせてもらっています。とてもいいですよ。 May 17 ドイツの労働事情(ビデオ)ドイツのロルちゃんが、<ドイツの労働事情>について話してくれています。僕はドイツに生まれていたならサラリーマンになることになんの躊躇もなかっただろうなあ。
ビデオの最後でロルちゃんも言ってますけど、なんで日本よりはるかに労働時間のすくないドイツが経済大国であり、それどころか日本より豊かなのか、というのはよく思いますよね。日本人はそんなに仕事ができない(=おバカである)ということなのか!?
僕はやっぱり(さいきんやけに強調してますけどwww)、ドイツにはエリート層というのがいて、彼らがめちゃめちゃ頭いいからだと思います。ブレーンがしっかりしてるから、社会がうまくまわる。つまり上層部はある意味で日本人よりハードに仕事してるはずです。その分、権力とお金をもらう。シンプルだ!! Weil einfach einfach einfach ist !! (シンプルってのは単純にシンプルだからじゃよ!!) May 16 mauのしっぽぽ図書館さんがとりあげてくださいました。ブログ<mauのしっぽぽ図書館>さんが不肖エルバーフェルト日記に言及くださり、マルセル・バイアーの『夜に甦る声』をとりあげてくださいました。ありがとうございます! 記事はこちら!
しっぽぽさんは長年ドイツにいらしたようで、もうとにかく読書の守備範囲がひろくて、まさに「図書館」というかんじです。ドイツの現代小説・独文関係の本もしばしばとりあげられるので、いつも楽しみです。みなさんもぜひ、お気に入りに登録しましょう! しかもしっぽぽさん、笑いのセンスがこれまた抜群なんだよなあ。 May 14 カラヤンとグールドやっと・・・やっと・・・(涙) やっとSonyが正規盤をだしてくれました、あーよかった・・・。ジャケットも素敵だし、カラヤン生誕100年だし・・・あれ、ってことはこのタイミングをねらってたのだろーか? まあいいや。これまであやしい劣化コピー盤しかでまわってなくて、音質もサイアクだったのですが、これでひと安心。
1957年のベルリンでの録音で、歴史的なドキュメントといっていいでしょう。<グールド、カラヤン、ベルリン・フィル>ってなんか、『グラモフォン・フィルム・タイプライター』みたいで、もう字面だけでそのカッコよさにくらくらします。ところでグールドはドイツ語も堪能なんですよ(ただしすんごい英語なまり)。
収録曲は、ベートーヴェンの3番と、シベリウスの5番です。グールドは自著で、このカラヤンのシベリウスの5番を絶賛していますよね。さあみんな! これはもう聴くしかない、アマゾンへ走れ! (てかアマゾンには走れないだろ) May 12 現代ドイツ文学の問題点(つづき)※前回のつづきです。わりとウザい内容となっておりますので(笑)、健康な方は読まないほうがいいかもwww
基金によると、政治的な介入はないという。でもそれは建前であって、ちょうどオリンピックがスポーツの祭典をうたいながら、政治的かけひきの場いがいの何ものでもないのと同じです(高校野球とかにしても、スポーツは健全でクリーンだ的な発想、そろそろやめませんか)。国や州からお金をもらいながら、つまりエサをあたえられていながら、書きたいこと、書くべきことをほんとうに書けるのか。仮に書けるのだとしても、そういう疑いをかけられるおそれがあることからははじめから距離をおくというのが、ものを書く人間のつつしみというものではないでしょうか。
これは立場上けっこう書きづらいことなのですが、でもあえて書きます。僕は現在のドイツの文学をだめにしているのは、こういうセーフティーネットだとおもう。税金でまかなわれた文学作品が、おもしろくなるはずがない。それは確実に、飼いならされたものとなるでしょう。平均点をとれる、それなりに「おりこうさん」な作品が量産されるだけであり、現にもうそうなっています。なにも政治的・イデオロギー的に飼いならされるというより、社会福祉的な報酬関係に知らず知らずとりこまれ、無害化されるのです。
国家をひとつの「家庭」とみて、社会福祉を高度に発展させた北欧諸国。ぜったい安全な年金制度とかピサの結果とかをみてこれをスバラシイといえてしまうような人は、しかし、福祉というものがじつはどれほど人間をしばりあげているかを見ないのです。そこでは、生きてゆくのに最低限必要な手当てはお約束しますよ、だからそのぶん高い税金を払うのはとうぜんで、公共に利する人間でなければいけませんよ、という、高度なギヴ&テイク=報酬関係を強いられる。これにNOといえる自由はありません。こういうのを、牧歌的権力といいます。ヒトラーだけが権力ではないのです。ドイツの文学はいま、こういう状況へ(自覚症状なしに)むかっているように思えてならない。ここのところドイツの小説の多くが「家族」をテーマにしているのも、なにか無関係でない気がします。文学の公共福祉化…。
たとえば大学の授業のほとんどがつまらないのは、そこで伝授される知が無害化されているからです―したがって僕の知るかぎり、日本の独文教師もみな「ドイツ文学基金」の問題をかんぜんにスルーしています―。無害化とはつまり、オオカミが飼いならされて犬になるように、実用的でソフトな知識だけが重宝されるということですが、これは国や地方自治体から予算がおりている以上、悲しいけれどフツーに現実的です。だけれども、芸術とか思想というものは、制度をうしろだてにした瞬間に「目」が死んで、退屈きわまりないものになってゆく。それは歴史が証明しています。
おなじことがいまドイツの文学でおきているということだと思います。群雄割拠で頼もしかった日本のアニメ・マンガにしても、自分の手柄でもないのに文化庁が「これは使える!」と尻馬にのって国策として売り出しはじめたとたん、雲行きがあやしくなってきた。東浩紀が文化庁の検閲をリアルに受けていることとかを、僕たちはもっと真剣にかんがえたほうがいいと思います(ニコ動をみてください。著作権侵害による削除とはべつに、検閲は日常に行われています)。
なんだか書いているうちにへんなところへ着地してしまいましたが、いちばんいいたいのは、オオカミ(神)が美しいのはあの獰猛な眼と牙があるからじゃないのか、ということです。そして、報酬関係だけが人間の唯一の関係ではない、ということです。報酬関係でない以上、それはリスクや暴力をはらむでしょう。自分がなにかしてあげたからといって、相手がそれに見合うことをしてくれるとはかぎらない。でも、神話的暴力(文学の元は神話です)をもちいてでもgive&takeの息ぐるしい密閉空間をこじあけ、人間を深々と呼吸させることこそ、文学の特権ではないのか。いまドイツの文学は、その特権をみずから手放そうとしています。 May 11 現代ドイツ文学の問題点
きょうはちょっとお金の話をします。いまから書くようなことはあまり表には出てこないし、じっさいどうでもよいささいなことだという人もいるかもしれないけど、僕はけっこう本質的な問題ではないかと思っています。それはこういうことです。
ここドイツには「ドイツ文学基金」というものがあります。国家が経営している機関です。現代のドイツ語文学を支援、促進するというのがその目的で、毎年募集をかけて選抜し、えらばれた作家ないし団体には、一定額の奨学金が支払われます。もちろん給付であって、返済の必要はない。
そのHPをみると、作家が経済的な問題に煩わされることなく創作活動に専念できるようにするため、とか、国家機関ではあるけれども政治的な介入からはいっさい自由だ、と書かれています。右翼だから、左翼だから、外国人だからという理由で選抜に有利不利はないよ、というたてまえです。
で、過去の受給者をみると、けっこうな面々が名をつらねている。たとえばマルセル・バイアーもそのひとりです。リストをながめていると、この「ドイツ文学基金」からお金を受給される・されたということが、なにか資格のように、作家としてのひとつのステータスになっているのではないか、と疑いたくなってくるほどです。
じつはこのような作家支援の基金、財団というのは、公立私立あわせてほかにもけっこうある。私立のものは今おくとして、たとえばザクセン州にもまったくおなじものがあります。多和田葉子なんかもここから給付をうけていたことがある。
ようするに、文学のセーフティーネットがひじょうに整っているわけです。ドイツだってお金がありあまっているわけでは到底ないでしょう。なのに失業者対策にではなく、こういう制度に予算があてられるということは、国民がそれに納得しているから、と考えるほかない。むろん、支援の対象としなければならないところまで文学がきてしまった、という事情もあるとは思います。
でもこれって本当にいいことなのか。いいとすればいったい誰にとっていいのか。僕が不思議におもうのは、というか驚くのは、すでに名のある作家が、国や州からお金をもらって作品を書くことにたいし、まったくやましさを感じていないということです(やましさを覚えるならはじめから応募したりしないでしょう)。彼・彼女たちは、税金で書きあげた本の最後に、「~基金の援助にたいしここに感謝の意を表する」と書いてはばかることがない。
名もない金もない、でも本当に書きたい小説があって若手の作家が応募するのなら、まだ話はわかる。しかしじっさいは、金をもっているかどうかはともかく、すでに本をだして名の通った作家さえこれに応募し採用され、できあがった本が新聞の書評欄で紹介されるという、たいへん「幸福な」状況なのです。
(つづく) May 09 文化と文明のたたかい(トーマス・マン)NZZに Philipp Gut: Thomas Manns Idee einer deutschen Kultur. S.-Fischer-Verlag, Frankfurt am Main 2008 への書評がでています。
トーマス・マンのさまざまな作品を、「文明」と「文化」の闘争の場として読み解いてゆく、という本のようです。わかりにくければ、<イングランド・フランス的なもの vs ドイツ的なもの>とか<啓蒙 vs ロマン主義>といいかえてよいとおもいます。
なんかこの書評を読むだけでも、トーマス・マンというひとはよくもわるくもドイツの歴史をそのまま体現しているんだなあ、ということがわかります。トーマス・マンが導こうとしたようにドイツの歴史が動いたともいえるし(=知識人としての役割に忠実であろうとした)、しかしじつは非人称の歴史にあわせて彼が動いただけともいえる(=思いあがった知識人)。このあたりはほんとうに解釈だろうとおもいます。
転向し、かしこく反省して啓蒙活動に復帰する知識人を信じるか。馬鹿だから反省なぞしない一個の人間を信じるか。僕はもちろん小林秀雄を信じます。 『ベルリン幼年時代』の初稿がマールバッハにベンヤミンの原稿はオークションなどでも滅多に拝めない(表に出てこない)そうですが、このたび珍しいことに、『ベルリン幼年時代』の自筆初稿がマールバッハの文学アーカイヴに寄贈されたそうで、ちょっとしたセンセーションになっています。寄贈者はポルシェ(そう、あの車のポルシェ)なんだって。へー。みたいひとはマールバッハで8月末までみれるんだって。テクストの生成過程(註とか書き込みとか)がたどれるらしいよ! |
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