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    April 30

    ナチスのバイブル

     
    ローゼンベルクの 『二十世紀の神話』 は、 『我が闘争』 とともにナチスのバイブルとして知られているが、これについて斎藤茂吉が次のような文章をのこしていることを、つい最近まで知らなかった。ナチスのイデオローグに双葉山をからめて論ずるところがこの文章の妙なのだが、その部分まで引用すると長くなるので、該当箇所だけを引く。
     
      吹田順助氏訳の『二十世紀の神話』でローゼンベルクは好い事を云つてゐた。「理論と実行との
      矛盾は、シラーやシヨーペンハワーと同様にゲーテにもある。十九世紀の全部の美学の罪は、そ
      れが芸術家の作品に結び付かないで、彼等の言葉を分析したことにある」といふので、彼等とい
      ふのは、シラー以下の諸先進のことを指してゐる。私自身の備忘録として原文を引くなら、原文は、
      "An die Werke der Künstler anknüpfen"である。この、"anknüpfen"といふ語は、糸などを結ぶこと
      に用ゐられてゐる。つながり、接続、関係、機縁、縁故などといふ意味にもひろがつてゐるが、兎
      に角、結合してゐて離れない意味がある。ローゼンベルクはその事をいつてゐるのである。世の
      (過去の)芸術批評家や美学者などといふものは、希臘希臘と騒ぎ立てて、何でも希臘を標準とし
      て、自分の脚下の芸術を批評しようとして居る。人種も民族もおかまひ無しだ。それでは本当の
      批評は出来ない。さういふ点ではウインケルマンでもレツシングでも駄目であるし、十九世紀の美
      学全般が駄目である。なぜかといふに、実際の作物(Werke)と緊密に結びついてゐない論議ば
      かりしてゐるからである。さうローゼンベルクは云ふのである。ローゼンベルクの芸術論は、最近
      の独逸主義実行の必要上、随分一方的で無理な点があるけれども、時々は有益なことをいつて
      ゐる。                                       
     
                                                斎藤茂吉 「双葉山」 より
     
    いま、上のような「備忘録」をもつ作家、つねに原文にあたってみる詩人が、はたしてどれくらいいるか。なお、訳者の吹田順助は東大独文出身で、斎藤茂吉また有島武郎とも友人のあいだがらであった。創作をふくめて著書も少なくないし、翻訳もクライスト、ヘッベル、ヘルダーリンなど幅ひろく手がけている。博士論文は京都大学文学部に提出した 『近代獨逸思潮史』 で、その審査官のひとりが九鬼周造であったそうだ。
    April 29

    新書で読むドイツ(2)―『ドイツ参謀本部』

     
    おそらくは50年後、100年後まで読み継がれるであろう渡部昇一の名著 『ドイツ参謀本部』。目次は以下の通りです。<Ⅰ フリードリッヒ大王からナポレオンまで Ⅱ プロイセン参謀本部の誕生 Ⅲ 鳴かず飛ばずの時代 Ⅳ モルトケの時代 Ⅴ バランスの喪失>   なお、参謀本部はドイツ語で Generalstab (ゲネラールシュタープ)です。ドイツ語かっこよすぐる。
     
    いつだったか、僕と同年代のある人が、「この本に出会わなかったら、いま自分は独文の世界にいないだろう」と言うのを聞いて、そんなに魅力的な本なのかと思って、すぐに買って読んでみたら、なるほどたいへんな本で、すっかり魅了されてしまったのでした。僕のなかでは今でも、この本が新書ベストワンかもしれません。
     
    「精神、物質の両面で分裂に向つてゐる際にただ一つのことに集中」することのできるドイツとドイツ人が、19世紀のヨーロッパで「驚異的な進出を遂げたのは偶然ではなかつた」と書いたのは 『ヨオロッパの世紀末』 の吉田健一です。
     
    『ドイツ参謀本部』 は、ドイツ参謀本部というひとつの部門、その「思想」に照準をさだめて、19世紀はじめから第2次大戦までの約150年の参謀本部の歴史を描きだすことで、まさに吉田健一のいう「一つのことに集中」するありよう、またその驚異的な進出が、いったいどういう具合に「偶然ではなかつた」かを明らかにしていると思います。それはそのままドイツ近代の思想史であると同時に、ヨーロッパの歴史でもあるのです。
    April 28

    賢治とハイネ

     
      「僕又来ますから、じゃさよなら。本はあげてきます。じゃ、さよなら。」 狐はいそがしく帰って
      行きました。そして樺の木はその時吹いて来た南風にざわざわ葉を鳴らしながら狐の置いて
      行った詩集をとりあげて天の川やそらいちめんの星から来る微かなあかりにすかして頁を繰
      りました。そのハイネの詩集にはロウレライやさまざま美しい歌がいっぱいにあったのです。
      そして樺の木は一晩中よみ続けました。ただその野原の三時すぎ東から金牛宮ののぼるこ
      ろ少しとろとろしただけでした。
       夜があけました。太陽がのぼりました。
     
                                        宮澤賢治 「土神ときつね」 より
     
    ハイネの「ローレライ」は、『歌の本』 のなかの、「帰郷」の第二の詩として置かれている。乙女が歌ううたをうたっているのは、漂泊者としての詩人である。それはけっして「帰郷」することができないハイネの姿であり、詩の美しさは乙女の映像にあるのではなく
      Das hat eine wundersame,
      Gewaltige Melodei
    「不思議な、暴力的なメロディ」にあって、これと詩人ハイネのメロディとを別のものとして考えることはできない。詩の発生はつねに、人をのみこむ暴力をともなう。宮澤賢治には満洲こそが、「帰郷」の地であっただろう。けっして帰りつくことのないそのような場所をもつ者だけが、うたをうたうことができる。けっして帰りつくことのないそのような場所をしかし、意識的にせよ無意識にせよ母親に求めてしまっている場合、それは詩にはならずに、この傷をみてくださいこんなに痛いんですというトラウマ解消の道具にしかならないし、なれない。ところが、だれもあなたの傷になんて興味はないのである。
     
    April 27

    カフカと内野安打

     
    きのうはデュッセルドルフ、LTUアレーナ横のグラウンドで練習試合でした。が...打てませんでした...orz...チームのみんな! サーセン。内野安打一本という、ボロボロの成績。くやしいので、ヤノーホのカフカとの対話の一節を訳してみた(意味不明)。後悔はしていない。
     
       Als Kafka einmal unter den Büchern in meiner Aktentasche einen Krimmalroman sah, sagte er: »Sie brauchen
       sich nicht zu schämen, daß Sie so etwas lesen. Schuld und Sühne von Dostojewskij ist ja eigentlich auch nur
       ein Kriminalroman. Und Shakespeares Hamlet? Das ist ein Detektivstück. Im Mittelpunkt der Handlung steht
       ein Geheimnis, das langsam gelüftet wird. Gibt es aber ein größeres Geheimnis als die Wahrheit? Dichtung ist
       immer nur eine Expedition nach der Wahrheit.«
     
       カフカがあるとき私の書類かばんの中の本のなかに一冊の探偵小説を目にしたとき、彼はこう言った。
       「そういうものを読んでいることを、恥ずかしくおもう必要はないよ。ドストエフスキの『罪と罰』だって本来、
       ひとつの探偵小説にすぎないんだから。シェイクスピアの『ハムレット』はどうか? これはひとつの探偵
       劇だ。ストーリーの中心に秘密があって、それが次第に暴露されてゆく。それにしても真理よりも大いな
       る秘密があるだろうか? 文学とはつねに真理を求めての探検にすぎないんだ。」
     
    もっとも、この発言はあくまで「ヤノーホ伝」なので、カフカが本当にこう言ったのかどうか、確証はないし、「真理を求めての探検」というのももちろん曲者で、というのはカフカはこうも言っているからです。"Wer sucht findet nicht, aber wer nicht sucht wird gefunden." (さがし求める者が発見することはない、しかしさがし求めることをしない者は発見されるのである。)
     
    ・・・ってことは・・・・・・ヒットを打とうなんて思わなければいいんだな?・・・見逃し三振をこころがけよう! (汗)
    April 26

    ウィーン・斎藤茂吉・岡正雄

     
    『ウィーン愛憎』 に登場するパンツァーさん (おとといのエントリー参照) が、みずからの師スラヴィク博士の、斎藤茂吉との交流について書いている。岡正雄も登場します。
     
    (岡正雄がウィーン大学に提出した博士論文 "Kulturschichten in Alt-Japan" (1933)/『古日本の文化層』 は、1400ページにも及ぶ大著で彼の代表作だそうですが、翻訳されていないので日本人に読まれないままウィーン大学に眠っているという。なんとかならないかと、切におもう。)
    April 25

    ドイツのFandub力を検証する~けいおん!篇

     
    こんにちはー。ドイツのFandub力を検証する第三回目のきょうは『けいおん!』 で。字幕によるリアルタイム受容から、リアルタイムFandubへ。そういう時代になってしまいました。レベル的にも、プロとくらべて大差ないのではないでしょうか。すごいなあ。ちなみに、名シーンはこうなってますw
     
    「あんまりうまくないですね!」                         「バッサリだ~・・・」
    "Ihr seid gar nicht zu gut wie ich dachte !!" "Genau ins Schwarze..."
    April 24

    中島義道 『ウィーン愛憎』

     
    中島義道の 『ウィーン愛憎』 を読んだでござる。ウワサ通りの(?)名著だった。これを読んじゃった日には留学なんてやっぱり止めとこうと考える人がほとんどなんじゃないかと思われるほど、「憎しみ」満載の本である。「ウィーン愛憎」というタイトルは微妙だ。「愛」はほとんどオマケであって、ヨーロッパ人への憎しみが9割を占めるという、いろんな意味で悪意に満ちた本だ。悪意を、記した本だ。
     
    それにしても読んでいて、「まったくその通り!」とうなずくことばかりなので、首がつかれてしまった。中島義道は、とにかくヨーロッパ人の中華思想に我慢がならない。かといって、ヨーロッパ人になりきろうとする現地の日本人にも我慢がならない。金持ちケンカせず、が気に食わない。
     
    ヨーロッパ人の醜悪さを、幻想を排して記述し、返す刀で、日本人の田吾作根性を嗤ってみせる。はじめからおわりまで人間の醜さに貫かれた本であり、人間の人間に対する憎悪に貫かれた本である。まさにそこが素晴らしいのだが、にも係わらず最後まで読み切らせる文章の力と、魅力がある。
     
    これを読むと、ヨーロッパ人というのがいかに打算的で、せこく、くだらないかがよく分かる。まさに「おまいら必死だなww」と言いたくなる感じで、だまされまい、だまされまいとビクビクしているからこそ横柄にもなるし、頑固で、さもしいのだ。いっぽう日本人はだまされてもヘラヘラしているので、それがまた「極東の子猿」というイメージを固定させてしまう。この本には、かっこいいやつなんざひとりも登場しない。これぞ、全員斬り。悪意の大盛りである。盛るぜ~~ちょう盛るぜ~~っ!
     
    とか書きつつ、自分も斬られているのだから、けっこうへこむというか、痛い。ぐっと気が重くなって、後遺症は長引きそうだ。いい本だと書いたのは、そういう意味である。
     
    追記: 本書にはシュミット=デングラーが一瞬登場するのと、あと当時ウィーン大学ヤパノロギー講師のパンツァーさんというのはたしか、いまのボン大学教授のパンツァーさんである。この人はいい人である。・・・と書いたあとでボン大学を定年退職されていたことを知った。Zeit fliegt...
    April 23

    ノルマンディー?

     
    R.U.S.E.のトレーラーは、やっぱりノルマンディーのようです。ぜんぜん分からないのでミリオタの方がいたら教えてほしいのですが、動画1:05に出てくるS33というのは、ティガー戦車1型でいいのでしょうか。「いや、2型である」とか言われても、ちがいはまったく分からんけどw でもたしか1型ならプラモつくったことありますけん。
     
    April 22

    ノヴァーリス on バーク

     
    きのうゼミのあとで大学図書館にいって調べたら、ドイツ語で書かれたバーク研究書って案外少ないことを知って、意外におもった。さて、ノヴァーリスは断片のなかで、エドマンド・バークの 『省察』 についてこう書いている。しばしば引用される「花粉」の104番。
     
       104. Es sind viele antirevolutionäre Bücher für die Revolution geschrieben worden.
           Burke hat aber ein revolutionäres Buch gegen die Revolution geschrieben.
     
          革命にたいしてたくさんの反革命的な本が書かれた。
          バークはしかし革命に対して革命的な一冊の本を書いたのである。
     
    そのバークは、『省察』 のなかで次のように書いており、忘れることができない。「賢者でありすぐれた批評家であった人によってあたえられた、作詩のためのおしえは、国家についてもおなじように真実である。『詩は、うつくしいだけではじゅうぶんではない。心を感動させなければならない』」。(水田洋訳)―引かれているのはホラティウスの詩論である。
     
    じじつ、ノヴァーリスは「詩的国家」を構想することになる。「詩的」といっても、それはほとんど詩=国家であるような像であった。なにをいまさらだけど、(カール・シュミットに批判されている)ノヴァーリスとかの国家観をきちんと見ないことにはドイツのこともドイツ文学のこともなにも分からないんだなぁと痛感しているところです。しっかり勉強しなければ。とりあえず、柴田翔に「ノヴァーリスの政治思想」という論文があることを知った。
    April 21

    フロイト―坂口安吾「精神病覚え書」

     
    『とらドラ!』 のあとはやっぱり 『けいおん!』 ですよね! 話はさっそく変わりますが(バッサリ。)、きのうの続きで、坂口安吾といえば「精神病覚え書」(1949)のなかで彼はこう書いている。
     
       小林秀雄はフロイドの方法が東大に於て使用されているかどうかをきき、使用していないという
       僕の返事に、ちょッと意外な顔をした。/僕自身発病して入院するまで、フロイドの方法をかなり
       高く評価していた。然し、入院して後は、突如として、フロイドの方法はダメだという唐突な確信
       をいだいた。[中略] フロイドの方法は、理論的に、構成に巧みであるが、あそこから、決して実際
       の治療はでゝこない。
     
    坂口安吾とは反対に、小林秀雄ははじめ精神分析に懐疑的だったが ― 精神分析? さぞや切れ味はいいことだろう、みたいな感じで彼はこれを揶揄していた ― 物質と魂はけっして平行しない、ということを謂った思想家として、ベルクソンと並べてフロイトを高く評価するようになった(手近に読めるものではたとえば 『考えるヒント』 のなかの 「天命を知るとは」 )。講演でも、若者に、ぜひとも 『夢判断』 を読むようにすすめている。もっとも、共鳴はやはりユングの方により強かったのではないか。
     
    ところで、フロイトの方法からは治療が期待できない、という批判は古くからある。しかしそのことを一番よく知っていたのがフロイト自身だったということを、忘れてはならない。彼が、人を救えるなどと考えたことは、一度もなかった。むしろ彼は、「治療する・治療できる」と称してはばからない医学の「無神経さ」から決別するところから始めているのであり、だから考えるべきなのは、にも係わらずなぜフロイトが「精神分析=治療」といわなければならなかったのか、ということである。
     
    それから、フロイト批判としてよくあるのが、精神分析は己がそう称するのとはちがって少しも科学ではない、というもので、しかしたしかにフロイトは自らを科学的だと主張しつづけたけれども、注視すべきなのはまさにその主張の、脅迫的にすら感じられるありようなのではないのか。精神分析は科学なんだと訴えるときのフロイトの文章には、きまって余裕がない。フロイトは本当にみずからを「科学的」だと信じていたのだ、と考えることができる人は幸せだ。科学を信奉することと、信奉しているということにしておく、とでは意味はまったく異なる。
     
    これらの表層的な批判、というよりも「いちゃもん」から離れたところで、最初にフロイトにクリティカルヒットを与えたのはおそらく 『フロイト主義』 のバフチンである。フロイトの生前にこれだけ本質的な精神分析批判が生まれえたこと自体に、僕は驚きを覚える。でもこれを書きだすと長くなるので今日はこのへんで。『フロイト主義』 については機会をあらためてということで(←ホントかよ)。
    April 20

    『イタリア紀行』のパレストリーナ

     
    こんにちは。春になって、人間がみな陽気になって、それにつられて、きのうも野球したあとしっかりとフランケンハイムで白アスパラに喰らいついてきた僕です。白アスパラは、この時期のドイツに欠かせない旬の食材であります。
     
    そんなわけで坂口安吾もいうように「人間に気候の影響は甚だ大きい」のですが、この点での代表作といえばやっぱりゲーテ 『イタリア紀行』 でしょうか。話はずれてしまうのですが、先日これをぱらぱらとめくっていて、
     
       礼拝堂の音楽は想像を絶するほどに美しい。ことに、アレグリの贖罪の歌や通例インプロペリオと
       呼ばれる、十字架にかけられたキリストが人民に対してなした、非難の曲はすばらしいものだ。こ
       れらの曲は受難の金曜日に、朝はやく歌われるのである。(相良守峯訳)
     
    という箇所にゆきあたり、礼拝堂はシスティーナ礼拝堂で、でもインプロペリオって何やねん? といろいろ調べていたら、たぶんこれのこと(パレストリーナ)ですね。アレグリの方は、解説にあるように、モーツァルトが一度耳にしただけで暗記しちゃったという伝説のこる、有名なあれです。
     
    ところで坂口安吾は 「北と南」 という小文のなかでゲーテについてつぎのように書いていて、それに僕はたいへん説得されたのでした。
     
       ゲーテは陰鬱な故郷の気候を逃れ、太陽を求めて伊太利へ馬車を走らせてゐるが、彼の魂の奥
       底では、太陽は異郷の空にあるのではなく、いつも故郷の暗澹たる雪空の裏側に住なれてゐたの
       であらう。故郷を逃げたのではなく、実は郷愁のすみかをもとめて、避けがたい力によつて馬車を
       走らせてゐたのかも知れない。
     
    追記: そういえば、きのう食べた白アスパラは、シュニッツェルに添えてあるものを注文したのですが(シュニッツェルというのは、早い話がとんかつみたいなもんです)、とんかつといえば、まさに、とんかつ王子こと福田和也が 『贅沢な読書』 のなかで 『イタリア紀行』 について書いているのをいま思い出しました。どうでもいい話ですが。でも日本のとんかつがじつに恋しい!
    April 19

    文献学者でありたい(ニーチェ的な意味で)

     
    来月のシノドスのセミナーに、『夜戦と永遠』 の著者、佐々木中氏が登場するということで、インタビューを読んだ。『夜戦と永遠』佐々木中氏インタビュー「図書新聞」2009年1月31日号
     
    保坂和志のHPにリンクされているのである。天才なのに勉強家、保坂和志。それはいいとして、インタビューでおもしろいところは、文学は終わった? それも結構。しかし「文学は死ねません。」というところと、あと最後のほうで、ニーチェに触れるところ。
     
       ニヒリズム批判の話ですから、ニーチェを引きましょう。彼はこういう意味
       のことを言っています。いつかこの世に変革を起こす人間が現れるだろう。
       その者にも迷いの夜があろう。迷い苦しみつつ、ふと手にとって開く本があ
       るかもしれない。そのたった一行から、ほんの僅かな助けで変革は可能にな
       るかもしれない。その一夜の、その一冊の、その一行を編纂するために我々
       文献学者は存在しているのだ。その極小の可能性、しかし絶対にゼロにはな
       らない可能性に賭けること、これが我ら文献学者の誇りであり、闘いである、
       と。
     
    と…鳥肌。ちょっとかっこ良すぎるぞニーチェ! 僭越ながら、自分もそのような文献学者のはしくれでありたいと、本心から思ったのでありました。
    April 18

    クレーの日記

     
    堀江敏幸による 『新版 クレーの日記』 (みすず書房) への書評が出ていましたのでリンクしときます
     
    ぜんぜん関係ないけど、話題のひと中野剛志さん。ほんとうに一握りかもしれないけれど、それでも彼のような官僚がいるかぎり、日本は大丈夫ですよね。フリーの書き手に! という要請ももちあがってくるだろうけど、ぜひとも持ち場をはなれず、官僚として希望をつないでほしいです。
     
    April 17

    逆ぎれジョイス!

     
    ミヒャエル・ヴォルプスという人に、『Nervenkunst』 という本がある。1983年に出た本で、<精神分析>と<世紀転換期の文学>の関係をかなり詳細に論じていて、専門家のあいだではもはや古典として通っているものだ。これが日本語訳されていないのは非常に残念で、聴いた話によると、かの高山宏も、はやく翻訳されるべき書としてこれを挙げていたらしい。じつに、名著なのです。
     
    この本のなかで、フロイトの<自由連想法>と、それから小説の技法である<内的独白>の関係を論じているところで、ジョイスのエピソードが出てくる。『ユリシーズ』 最終章の、ベッドのなかのモリーにおいてよく知られているように、内的独白は、ジョイスの詩学にとって、かなりのウェイトをしめていた。
     
    で、問題なのはジョイスが、この内的独白をいったいどこからひっぱってきたか、ということだ。世界で初めて内的独白だけで小説を一本かいちゃったのは、フランスの無名作家、デュジャルダンという人で、事実として、ジョイスはこのデュジャルダンに功績を帰そうとしている。(しかし肝心のその小説というのがまったくの駄作であり、なのにジョイスにおだてられたものだから調子にのって、とってつけたような内的独白論まで書いてしまったことにより、ますます評判を下げたのがデュジャルダンという人であった)。
     
    そのことをいぶかしく思ったのだろう、メアリー・コラムがあるときジョイスに、あなたはどうしてフロイトやユングの影響を否定するのか? とたずねた。じっさいジョイスは精神分析について研究していたし、そこから多くをくみ取っていたことは間違いないからである。ようするにメアリー・コラムは、恩義を感じる相手をまちがえてるんじゃない? とジョイスにせまったのである。
     
    するとジョイスは怒って、そして言ったという。
     
       「わたしは、知ったような口をきく女が大嫌いなんだ。」
     
    ってジョイス逆ギレかよっっ!
     
    リチャード・エルマンのジョイス伝(みすず書房)から著者ヴォルプスはこのあたりのことを引いてきているのだが、世紀転換期ウィーンという舞台のただなかにこういうエピソードが置かれてみると、それこそ読んでる方も、いろんな連想がむくむくと湧いてきて、楽しい。どうしてジョイスはあのように否定したのか、というところからまた、<精神分析>と<文学>のあいだのナゾを解くヴォルプスの、推理がはじまるのである。
    April 16

    ゲオルゲが・・・

    シュテファン・ゲオルゲが、井上陽水にそっくりな件。前髪が、ピナツボ火山のようにもっこりしている。
     
    この角度だと、くりぃむ有田哲平にみえてしかたがない件。マイクをもって「少年時代」を歌ってほしい。
    April 15

    ウィーンの鷗外、乃木希典。

     
    グアって遊んでみた。ウィーンの町である。手前に大きく円形をなしているのが、あまりにも有名なリング大通り。奥にはドナウがみえる。さて、イエローのピンを3本、立ててある。奥から、
     
     ・シュテルンヴァルテシュトラーセ 71
     ・ベルクガッセ 19
     ・ヨハネスガッセ 23
     
    となっていて、それぞれシュニッツラーの家、フロイトの家、そして「テゲット」客舎があった(or 今もある)場所である。
     
    フロイトは、シュニッツラーはみずからのドッペルゲンガーであると書いたことがある。そのシュニッツラーがフロイト宅をおとずれて歓談したあと ― 『精神分析学入門』 の新しい版が作家にはプレゼントされたりもして ― ふたりはシュニッツラー宅まで歩いていった。おそらくはむらさきで示したルートで、夜、フロイトはシュニッツラーを家まで送っていったのである。ゆっくり歩けば一時間ほどの道のりだ。
     
    さて、時代は少しさかのぼって明治20年(1887年)、10月のはじめ、「テゲット」客舎に宿をとっていたのが乃木希典である。当時は少将であった。そして10月6日、乃木希典をたずねてこのホテルへやってきたのが、万国衛生会に出席する石黒忠悳に随伴してウィーンへ来ていた、森鷗外である。
    April 14

    ニーチェが選ぶ最強

     
    きのうの続きで、『トリスタン』 といえばニーチェはこれを手放しで(最上級で)絶賛している。ワーグナーの最高傑作であるばかりではなく、あらゆる藝術作品の最高傑作である、と。『エッケ・ホモ』 とか、あと確か 『悲劇の誕生』 のなかでそういうことを書いている。
     
    ドイツの哲学者のなかでおそらくもっとも藝術に造詣が深く、また(同じことだが)みずからも藝術的感性をもっていたのがニーチェである。ベンヤミンもアドルノもハイデガーも、あきらかにこの点ではニーチェに嫉妬していた。ニーチェがかっこよすぎるのは、にも係わらず彼はそんなそぶりを見せなかったことだ。
     
    知識や教養をせせこましく文章に織り込みもせず、『判断力批判』 的なアプローチをも軽蔑しながら、ニーチェはただ、「ワーグナーはすごい」、というただその事実、強度を、率直な、生のことばだけで、わが身もろとも訴えかけてくる。そしてその言語は、つねに冴えかえっていた。戦略などという後ろ暗いものは、彼には無縁だったからである。
     
    その彼が、ほとんど詩人のことばでもって 『トリスタン』 を最上のものとして誉めたたえるときに「ゲルマン的」という形容のしかたをするのはだから、決して偶然ではない。ニーチェの反ユダヤ主義は真剣にとらえねばならない。これを漂白してしまってはならない。ニーチェは「悪いヤツ」なのである。彼はユダヤ的な省察・反省を、本気で嫌いぬいたのだ。裏なんかない。もしもニーチェがベンヤミンの藝術批評、その戦略性などというものを耳にしたら、いったい彼はどんな悪態をついただろうか。
    April 13

    トリスタンとイゾルデ

     
    ワーグナー 『トリスタン』 を観に、ちょっと町のオペラまで行ってくる。指揮は上岡氏。
     
    そんなわけでいってきました、が、歌手もオケもイマイチだったなあ。イースターの連休のせいかな? ただし、クルヴェナルだけはよかったです。僕はオペラは詳しくないけど、知ってるキャラのなかでは忠臣クルヴェナルがいちばん好きなのです。
     
    演出はコスチューム等に和が取り入れられていましたが、過剰にならずこれはこれでよかったです(クルヴェナルがますますサムライにみえたよ)。なお、ヴッパータールのオペラはエンゲルスの生家のほど近くにあって、ピナ・バウシュもここで公演します。
    April 12

    シュニッツラー『戸外への道』

     
    シュニッツラーの長篇小説 『戸外への道』 で、主人公である男爵ゲオルクが、ワーグナーの 『トリスタン』 を観劇しにゆく場面がある(指揮しているのは、無論、マーラーである)。第一幕が終わってのパウゼで彼はエルゼに会うのだが、彼女はゲオルクが出入りするユダヤ人一家、エーレンベルク家の令嬢だ。
     
    さて、『トリスタン』 についてエルゼが、「とても素敵なんだけれど、でも私はほんらい媚薬とかそういう物語には反対なの」と述べるとき、ゲオルクは媚薬はここではシンボルとして考える必要があるんだよと短く答えて、そこで第二幕の開始が告げられて皆が席に戻る、という印象的な場面がある。
     
    ほんとうに、 『トリスタン』 における媚薬の意味はよくわからない。しかし、音楽家でありワーグナー崇拝者であるゲオルクがあれはシンボルなんだといって、いったい何のシンボルなんだろうと僕たちもまた考えはじめるそのときに第二幕の開始を告げ知らせて皆を散らせるあたり、小説の天才とはこういう仕儀を書ける人のことをいうのである。
     
    というわけで(どういうわけやねん)、明日はいよいよ 『トリスタン』 を観劇しに、町のオペラハウスまで行ってくるでござる。
    April 11

    新書で読むドイツ(1)―仲正昌樹

     
     
    このブログでまた何か新しい企画を、と考えていて、ドイツ関係の新書でおもしろいもの、勉強になるものを、ごくごく簡単に紹介してゆくのなんてどうでしょうか(←誰に訊いてるんだ)。もちろん、そんなに多く読んでいるわけでもないし、いったい何回続くのか分かりませんが、とにかく始めてみることにします。(企画自体の評判があんまりよくない場合、あっさり途中でやめるかもしれません)
     
    第1回のきょうは、東大提出の博論はヘルダーリン論だった仲正昌樹の二冊。それぞれ目次をあげてみましょう。
     
    日本とドイツ 二つの戦後思想』                                   日本とドイツ 二つの全体主義
      第1章 二つの「戦争責任」                                             第1章 近代化とナショナリズム        
        「国際軍事裁判」はインチキか?                                   「国民」という思想
        「人道に対する罪」を背負ったドイツ ほか                    「国民」の“人為”と“自然” ほか
      第2章 「国のかたち」をめぐって                                    第2章 二つの社会主義
        「国のかたち」は変わったか                                           「労働者」の誕生と社会主義
        分断された「国のかたち」 ほか                                     国民国家と社会主義 ほか
      第3章 マルクス主義という「思想と実践」                      第3章 市民的自由と文化的共同性
        思想的武器としてのマルクス主義                                 二つの戦間期
        日本における“何でもマルクス主義” ほか                  ワイマール共和国の大衆民主主義 ほか
      第4章 「ポストモダン」状況                                            第4章 全体主義と西欧近代の超克
        ポストモダンの導入と批判的知性                                  「生存圏」の思想
        ドイツのポストモダニズム ほか                                     ロマン主義と「近代の超克」 ほか
     
    二冊に分かれてはいても、「日独戦後比較思想史」上下巻、ととらえた方が実際にちかいでしょう。日本とドイツを同列に論ずることはできない、とか、日本はドイツのように反省していない、とかいった何の根拠もない紋切型をそろそろやめるためにも、ぜひともあたっておくべき本であると思います。
     
    いったい両国の何が、思想の同型性を有し、またいったい何が決定的に異なるのか。そのことを、情緒論をはなれて「クレヴァー」に見据えなければならないときに、議論は深いのに読みやすく書かれてあるこの二冊はたいへんに有効です。とくに、どちらの本も第4章がすぐれていると思います。「フランスで現代思想がさかんだったとき、ドイツではどうだったの?」と気になる人は多いのではないでしょうか。あるいは、ドイツ・ロマン派と日本の浪曼主義の関係やいかに。それぞれ第4章に見取り図が描かれているので、参考になるはずです。それにしても著者は、ヨッヘン・ヘーリシュに師事していたのだなあ・・・。