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    November 24

    諦観

     
    ふと Resignation (諦念、あきらめ) について調べてみたら、「神意への忍従」 という意味があって、ははあとおもった。つまり、「あきらめ」といっても、aufgeben / give up とは意味がことなる。ギブアップは限界であり脱落であり、人為だけれども、レジグナツィオンはもっと大きな存在をみとめ信頼することだ。これは虚無ではなくて、神意の在ることを明めたおおらかな態度だといえる。
     
    Resignation は re- sign すること、つまり人為のみからなる世界への登記(サイン)から、退くことである。だからそのキャンセルは能動的なものであり、すすむ方角がかわったので、すすむこと自体がギブアップされたのではない。そんな感じかな・・・でもやっぱりよくわからない鴎外「予が立場」。
     
    November 22

    連休は読書マラソン

     
    この連休は、びみょうな感じで読書マラソン。いろいろ読んでいるけれど、ドイツ関係だと、
     
     1、グンドルフ 『英雄と詩人』 (邦訳)
     2、芳賀檀 『ニーチェ論』
     3、ベルトラム 『独逸的形姿』 (邦訳)
     
    を読んだ。どれもエキサイティングだった。1は、グンドルフとしては珍しい理論書であり、ゲオルゲ論とヘルダーリン論を含んでいる。2は、なんと本文が「友よ!」で始まるという、とても「熱い」本(といっても芳賀檀はいつもこの調子ではあるけど)。3は、論文集・講演集。ドイツ作家論集といってもいい。1も3も戦前のものだが、いま読んでもすごくおもしろい。いまだからこそ、というべきか。
     
    November 18

    のんべえ横町

     
    先週、先輩といっしょに、はじめて渋谷ののんべえ横町へゆく。「にごり酒」の文字につられて入ったお店は、88歳(だったかな? 78かな?)のおばあさんがひとりでやっている、会津若松がコンセプトのお店。長州出身の僕は、出自を隠し続け、ごまかしつづけ、飲み続けるのであった・・・。
     
    店はせまいので、8人も入ればスペースがもうない。僕たちのあとに入ってきた常連さんふたり(どっちも職業が謎だけど、これは無職とかそういう意味じゃなくて、けっこう年のいったお偉いさんっぽかった)と仲良しになり、すすめられるままに会津の料理、会津の酒(ナマカンがここはおいしいんですよというので、たのまない手はない)を早いペースでカポカポかっぽり空けていたら前後不覚に。でも先輩に前後不覚であることを悟られたくない、という品格というのかせこさというのか、があるので、平気なふりをして渋谷センター街を歩き、二次会のお店へ。以下省略。(記憶があやういだけという説もある。)
     
    日曜はオペラ。グルックのオペラ。北とぴあ国際音楽祭には毎年、というわけでもないけれども、もう何度も行っているのである。なぜなら、寺神戸亮さん指揮のこの音楽祭のオペラは、いつだってすばらしいのだ。今回もほんとうにすばらしかった。こんなに上品で、楽しくて、エレガントな、そして質のたかいものは他ではめったにみれない・聞けないとおもう。森 麻季さんもやっぱりよかった。今回の作品 『思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼』 は、モーツァルトにも影響を与えたんだそうで、彼はレクイエムのなかでこのオペラのメロディを真似しているんだそうだ。グルックはドイツの人だけど、作品はフランス語。19世紀になると、こういうオペラがもっていた「ユーモア・遊び」が藝術にはなりにくくなって、オペラは「マジメ化」してゆくんだなぁと思った。
     
    江藤淳を読んでいたところ、エリク・エリクソンに『若きルター』という著作があるということをきのうまで知らなかった・・・。勉強、勉強、ときどきそれでもにごり酒。
     
    November 13

    アイガー北壁

     
    新田次郎の「アイガー北壁」を読みました。山岳小説にさいきん惹かれぎみ。
     
      1965年8月16日 高田光政が日本人初登頂
      
      登頂まであと300mと言うところでパートナーの渡部恒明が墜落・負傷したため救助を求める際に
      山頂を経由した際に達成、しかし渡部はその間に謎の墜死を遂げた。一説には骨折の痛みと孤独
      に耐えきれずに自らザイルを解いたとも言われている。これをもとに新田次郎は「アイガー北壁」と
      いう小説を書いている
     
    と、ウィキペディアで「アイガー北壁」を調べると書いてあります。それにしても、登頂の成功が、負傷して動けなくなったパートナーを救助するため(つまり山を越えないと救助を求められない)になされたというのは、凄い。でもきっとこれは、登頂の成功とか失敗とか、そういう領域をもはや超えているんだろうな・・・小説のはじめとおわりに顔をだす地元のおっさん(スイス人)がまたいい味をだしてました。
     
    November 10

    ドミノ倒し

     
     
    ベルリンである。それはそうと、日本のマスコミには、「いぜん残る東西ドイツの格差!」 みたいなフィクションを流しまくるのはやめていただきたい・・・。紹介されるアンケート調査の数字も、ぜんぶデタラメじゃないか・・・。
     
    zwar ...aber... の思考回路というのだろうか。「なるほどたしかに祝賀ムードだ。しかし東西格差は残っている・・・」みたいなストーリーが出来上がっている。ストーリーが出来上がったところから取材をはじめるのである。
    November 09

    ギリシアがない!

     
    どうしてニーチェはワーグナーを退けるようになったのか? そして、どうしてハイデガーは、このニーチェのワーグナー批判を肯定的にうけついだのか? それは、ワーグナーにはけっきょくのところギリシアがないからだ、ということが、ラクー=ラバルト 『虚構の音楽――ワーグナーのフィギュール』 のなかでたどられていて、はああ、なるほど、と膝をうった。
     
    ギリシアへの「あこがれ」をふくむドイツが真正ドイツである。ヘルダーリンにはそれがある(ニーチェもハイデガーもヘルダーリンをたたえる)。しかしワーグナーにはそれがない。音楽はあっても、「言語」がない。音楽は、癒す。言語は、引き裂く。そういう話なんだろうなあ。
     
    November 06

    予算委

     
    さいきんはずっとNHKで予算委員会の中継を観ている。僕は前原さんが好きなので、それだけのために観ているのである。前原さんはいつも哀しげな表情をしていて、笑っても笑えていない。なんか青年将校みたいだ。
     
    ちくま学芸文庫から出ている、渡辺京二の 『北一輝』 の解説を、ドイツ文学者の臼井隆一郎氏が書いている。この解説がまた、とてもよかった。2・26事件は「例外状況」にほかならず、主権者が天皇であることをはっきりさせたという文章からはじまっている。
     
    おなじ臼井隆一郎氏が編集した論文集 『カール・シュミットと現代』 におさめられている、大宮勘一郎氏の論文 「ラクー=ラバルト/カール・シュミット あるいは反復されるドイツ」 を読んでも感動した。クライストは、「青年将校」だったんだなあ。
     

    ガダマー動画

     
    ガダマーの動画があたらしくアップされていたので、リンク
     
    リルケの詩を朗読したりしています。ガダマーはこういう話し方をしていたのですね、一歩一歩、たしかめるようです。若いころはどうだったのでしょうか。
     
    インタビュアーは、ザフランスキー。
     
    レヴィ=ストロースは100歳で死んだけど、ガダマーはそれより長生きしました。
     
    November 05

    カール・シュミットのハムレット論

     
    カール・シュミットのハムレット論、『ハムレットもしくはヘカベ』 (訳: 初見基、みすず書房 1998年) を読んだ。とてもおもしろかった。
     
    彫のふかい文章、それでいて理路整然としており、ターゲットからけっして目をそらさないその論理展開には快感さえおぼえる。読み進むうちにぐんぐんとひきこまれ、スピードがあがる感じ。そして攻撃目標に到達したとおもった最後の1ページで、謎めいた予言らしきものをのこして颯爽と去る。こんなにかっこいい文学論は、ざらにない。
     
    カール・シュミットの文章<ベンヤミン 『ドイツ悲劇の根源』 に寄せて>も収録されている。あと、シュミットがなかで引いているフライリヒラートの詩で、「ドイツはハムレットだ!」というのもとてもよかった。
     
    November 04

    哀しき熱帯

     
    レヴィ=ストロースが100歳で死んだ。FAZにも記事が出ている。
     
    November 02

    ラインハルト・メーリンク

     
    新しくでたカール・シュミットの伝記
     
     Reinhard Mehring: Carl Schmitt. Aufstieg und Fall (Verlag C.H. Beck, München 2009)
     
    についての記事をみつけたので、リンク。747ページという分量! そういえば、よくおもうのですが、カール・シュミットの邦訳本が文庫で読めないのは、どんな理由によるのでしょうか。筑摩から出ているパルチザンの理論くらいしかおもいあたりません。